平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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グリン・ダニエル『ケンブリッジ大学の殺人』(扶桑社ミステリー文庫)

 ケンブリッジ大学が明日から長期休暇に入るという夜、フィッシャー・カレッジ内で門衛が射殺された。副学寮長のサー・リチャードは、一見単純に見える事件に複雑な背景があることに気づき独自の調査に乗り出すが、やがて帰省した学生のトランクから第二の死体が発見され……。めくるめく推理合戦、仮説の構築と崩壊、綿密きわまる論理的検証、そして単越したユーモア。考古学教授を本職とする著者がものした、本格ファンの魂を揺さぶる幻の40年代クラシック・パズラー、ついに本邦初訳なる。
 1945年、イギリスで発表。2008年5月、邦訳刊行。

 作者は1914年生まれ。ケンブリッジ大学卒業後、考古学を専門として母校で教鞭をとっていた。長編2冊、短編2編を残している。本書は、第二次大戦中、研究職評議員のままイギリス空軍情報部将校としてインドに駐留していた時期に執筆した処女作。後に"Animal, Vegetable, Mineral?"(BBC)(アメリカの番組"Twenty Questions"のイギリス版)に出演して有名となり、1955年の年間テレビ・パーソナリティに選ばれている。
 作品内の時間は1939年で、まだ開戦前。門衛のサミュエル・ゴストリンが射殺される。残された証拠から、反対されながらも娘のダイアナと交際していたジョン・パロットが容疑者として浮かび上がるが、アリバイが成立。さらにパロットの放校処分を決定した学生監のウィリアム・ランドンの死体が、パロットの友人であり、副学寮長のサー・リチャード・チェリントンの甥である学生ジャイルズ・ファーナビイの帰省先に送られたトランクの中から発見される。ケンブリッジ署のウィンダム警部は捜査に行き詰まり、本部長のカニンガム-ハーディー大佐を通してスコットランド・ヤードに応援を依頼。ロバートスン-マクドナルド警視が訪れた。
 物証や証言が出てきて犯人らしき人物が浮かび上がるたびに、新しい物証や証言が出てきてそれまでの推理が否定される。そんな展開の繰り返し。しかも関係者の複雑な人間関係も絡み、証言がすべて正しいとは限らない。ウィンダム警部、ハーディー大佐、マクドナルド警視、そしてサー・リチャードがそれぞれの推理を繰り広げるのだが、それ以外にも関係者が犯人を告発するという展開まで出てくるので、読者は何が正しくて何が偽りなのかを十分に見極めなければならない。
 誰が犯行が可能かを捜査するうちに、証言によって時間が細かくずれてくるし、人間関係も入れ替わるので、じっくり読んでいないと何が正しいかがわからなくなってくる。会話が多くて入り組んでおり、しかも試行錯誤が続くので展開が非常に遅い。500ページ以上と長い作品こともあり、読み易い翻訳にもかかわらず、読み終わるのに結構骨が折れた。
 しかも切れ味が鈍い推理合戦の結果に失望。これが現実の事件の捜査なのかも、という扱いの部分もある。そのあたりの考察については、訳者の小林晋があとがきで丁寧に書いてくれている。これを読んで、ようやく作者の狙いがわかった。ここまで読むと、意外とこの作品は面白かったのかもと思えるから不思議だ。
 まあ、イギリスらしいアマチュア作家の本格ミステリを読むことができて満足すべきなのかもしれない。生真面目さとユーモアの裏にある底意地の悪さが楽しめればいいだろう。