平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

戸田義長『雪旅籠』(創元推理文庫)

雪旅籠 (創元推理文庫)

雪旅籠 (創元推理文庫)

  • 作者:戸田 義長
  • 発売日: 2020/07/22
  • メディア: 文庫
 

 江戸時代末期、北町奉行所定町廻り同心の戸田惣左衛門は、若かりし日より悪人の捕縛や吟味に辣腕を振るい、『八丁堀の鷹』と謳われてきた。妻に先立たれ、園芸と囲碁を趣味する惣左衛門と、やり手の父親を持ちながらどうにも気弱な息子清之介。対象的な同心親子が、時代に翻弄されながらも、遭遇した謎に真摯に対峙する。大老井伊直弼が暗殺された桜田門外の変を題材にした「逃げ水」、雪に閉ざされた旅籠での殺人事件の謎を描く表題作「雪旅籠」など全八編。惣左衛門親子に加え、惣左衛門の後添えとなる花魁お糸の推理もますます冴え渡る。時代ミステリ『恋牡丹』姉妹編、登場。(粗筋紹介より引用)
 『WEBミステリーズ』に掲載された「神隠し」、書き下ろし七編の計八編の短編集。2020年7月、刊行。

 

 大工の豊吉が毎晩外へ出かける。気になった娘が後をつけると、おしまという夜鷹に逢っているよう。寝言でおしまやおしげという名前が出てくる。豊吉は二十日ほど前、路上でおしげという夜鷹に襲われ、危ういところで難を逃れていた。「埋み火」。二人の悲しい過去が涙を誘う人情物。
 桜田門外の変時、井伊直弼の駕籠に銃弾の跡がなかった。直弼に短銃を撃つことができたのは、馬廻りで駕籠のすぐ側を歩いていた今村右馬助しかいない。目付にそう決めつけられ、右馬助の姉である美輪は、右馬助が親しく交わっていた惣左衛門に助けを求めた。「逃げ水」。不可能状況下の犯罪の謎解きだが、ものすごい肩透かし。何も実在の事件を出さなくてもと思う。
 越前屋の新右衛門が節分の舞台の跡片付け中に姿を消した。出入口は妻のおたきがずっと見ていたので、まるで神隠しにあったようだった。「神隠し」。これまた謎が解き明かされるとがっかりしますが、本題は別。夫婦の形に惣左衛門が悩む。
 かつての夜盗一味の一人で、5年前に惣左衛門が捕まえ島流しになったおもんが島抜けをした。垂れ込みに書かれた出会茶屋で惣左衛門は張っていると、確かにおもんはいた。茶屋を出たおもんは駒込の仕舞屋に入る。そこは夜盗の長であった巳之助が借りていた。5年前は口を割らずに放免となったが、今度はそうはいかない。惣左衛門は見張っていたが、突如男の悲鳴が。中に入ると、血だらけで巳之助は死ぬ直前だった。しかし中には誰もいないし、見張っていた部下はだれも出ていないという。おもんはどこに消えたのか。「島抜け」。本作品集で一番本格ミステリ度が高い作品。真相はわかりやすいけれど。囲碁が事件の謎を解くヒントになっているのは嬉しい。
 正月、惣左衛門はお糸の元を訪れた。隣の寮に住む錦屋の売れっ子花魁、浮舟は3か月前、元御家人で馴染み客の小島太一郎に無理心中を図られ、重傷を負った。小島は重追放となったが、同じく馴染みである三千石の旗本の嫡男である加藤篤之丞は他にも熱心な馴染み客が浮舟に心中を迫らないかを心配し、寮の門前で手下と一緒に見張っていた。すると寮から浮舟を呼ぶ男の声。少ししたら女の悲鳴が聞こえてきた。惣左衛門が縁側から覗くと、部屋の中が血まみれ。慌てて惣左衛門が表に駆け付けると、玄関から門に向かって雪の上に足跡が残っている。だが門前にいた加藤たちは、人など通っていないという。しかし中に浮舟はいなかった。他にいたのは下女と寮番の老人だけ。他の入り口は閂がかかっていた。そして浮舟は近くの地蔵堂で死んでいた。犯行が行えたのは加藤たちしかいないが、返り血など見当たらなかったので違う。「出養生」。お糸の安楽椅子探偵ぶりが楽しめる一編。ただ、某有名トリックが見え見え。まあ、時代錯誤ぶりを浮き上がらせるための処置なんだろうが。
 先輩同心の岩崎と一緒に内藤新宿にて下手人安蔵を捕まえた清之介。帰る途中、かつて商売のいざこざでイギリス人に刺された小間物商の兼八と出会う。大雪と成り行きで兼八と一緒に旅籠の離れで泊まることとなった清之介。深酒で二日酔いの清之介は旅籠の主人が屋外から呼ぶ声で目覚める。起きてこない兼八の部屋のふすまを開けると、兼八が刺されて死んでいた。離れは戸締りをしてあり、周りは旅籠の主人の足跡しかない。旅籠の主人は兼八が叫び声をあげているのを聞いていて、それは雪がやんだ後だった。出入り口には内側から心張棒がしてある。旅籠には兼八を敵と狙う男と女はいたが、犯行は不可能。これでは犯人は清之介しかいない。自宅謹慎中の清之介は、お糸に助けを求める。「雪旅籠」。これまた不可能犯罪もの。某有名トリックを丸々使っているが、ちょっと特殊なネタを使っており、これを推理だけで解くのは難しいだろう。
 博打で負けた地回りの青吉が難癖をつけて壺振りなどを殺害して金子を奪い、逃走。目黒の高台の廃寺にいるとの情報が入った。管轄である寺社奉行方が向かうため、清之介と老同心の西村が境内の外で後詰をすることとなった。清之介は女坂、西村は男坂の入り口で見張りをしていた。寺社方が廃寺に踏み込むも、青吉は逃走。清之介は構えていたが、誰も来ないので加勢に行こうと男坂のほうへ向かうが、西村はだれも来ていないという。そして天狗に拐かされるという伝説を持つ天狗松に、青吉の手ぬぐいがかかっていた。青吉はどこへ消えたのか。「天狗松」。犯人消失もの。これまたお糸の安楽椅子探偵ぶりが楽しめる。消失の謎はすぐに解けるだろうが、その背後にある真相はあまりにも切ない。
 岡崎藩で歩行目付を務める佐川慎之助は、明治維新後に移り住んだ戸田惣左衛門と碁会所で仲が良くなる。維新時の藩内のごたごたの尻拭いで、大納戸役の長尾半兵衛が詰め腹を切らされることとなった。家老たちの計らいで、切腹の前日に家にいた半兵衛は、夜中に裏庭で刀で切られて死んでいた。妻と息子は、こそ泥が入ってきて立ち向かった半兵衛が返り討ちにあったという。しかし二人の証言に首をひねった慎之助は、惣左衛門に相談する。「夕間暮」。事件を見破るヒントは見え見えなものの、明日(というかもう今日)に切腹を迎える男がなぜ殺されたのか。その動機があまりにも哀しい。

 

 処女作『恋牡丹』の続編。前作では時の流れが速すぎるという感想を書いたのだが、他にも同意見があったようで、作者が後書きで「本作の八つの短編は『恋牡丹』の四つの短編のいわば間隙を埋めるような位置づけにあります」と書いている。
 前作と同じような厚さで、収録作品は倍になっているのだから、一編あたりの描写が薄くなっているのは仕方のないところ。もう少し書き込んで、謎解きに徹すればよかったと思うのだが、それは作者の望む意図ではなかったのだろう。
 前半の短編は、男と女の愛の形、夫婦の形について惣左衛門が悩む展開。後半は清之介がお糸にひそかな恋慕を抱くところと、武士の時代の終わりの断末魔みたいな一面を見せた展開が続く。こちらももっと書き込めば読みごたえのある作品に仕上がったと思うのだが。いずれもあっさりと書きすぎて、流してしまった仕上がりになっているのが残念である。
 希望通りの続編を書いてくれたことには満足。惣左衛門、清之介、お糸というキャラクターは悪くない。だからこそ、もう少し活躍を読んでみたかった気がする。一冊にするのではなく、もう少し書き込めばミステリとしても時代小説としても読み応えのある作品に仕上がる可能性があったかと思うと、非常に残念である。それなりに面白かったし、軽く読み流すにはいいかもしれないが。