平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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クリスチアナ・ブランド『招かれざる客たちのビュッフェ』(創元推理文庫)

招かれざる客たちのビュッフェ (創元推理文庫)

招かれざる客たちのビュッフェ (創元推理文庫)

ブランドご自慢のビュッフェへようこそ。今宵カクテルは、芳醇な香りに満ちたコックリル(ブランド)。本場英国のコンテストで一席となった「婚姻飛翔」をはじめ、めまいと紛う酔い心地が魅力です。アントレには、独特の調理(レシピ)による歯ごたえ充分の品々。ことに「ジェミニ―・クリケット事件」は逸品との評判を得ております。食後のコーヒーでございますか? 当店の規則に従いまして、ブラックでお召しあがりください。いえ決して毒などは……。とにもかくにも、稀代の料理長(シェフ)がその腕を存分にふるった名品揃い。ぜひ一度ご来店のうえ、ご賞味くださいませ。(粗筋紹介より引用)

1983年、アメリカで刊行。1990年3月、邦訳刊行。

収録作品は以下。

「クリスチアナ・ブランドの世界」(ロバート・E・ブライニー)

【第一部 コックリル・カクテル】は「事件のあとに」「血兄弟」「婚姻飛翔」「カップの中の毒」

【第二部 アントレ】は「ジェミニー・クリケット事件」「スケープゴート」「もう山査子摘みもおしまい」

【第三部 口なおしの一品】は「スコットランドの姪」

【第四部 プチ・フール】は「ジャケット」「メリーゴーラウンド」「目撃」「バルコニーからの眺め」

【第五部 ブラック・コーヒー】は「この家に祝福あれ」「ごくふつうの男」「囁き」「神の御業」

巻末に「クリスチアナ・ブランド書誌」(ロバート・E・ブライニー作成)

解説は北村薫



殺人事件の解決に失敗したことが無いと自慢する老刑事が、コックリル警部に語った昔の事件。俳優ジェイムズ・ドラゴンが主役を務める一座の舞台『オセロー』終了後、主演女優でジェイムズの妻・グレンダが殺害された。俳優たちは舞台終了後、衣装を脱いでメイクを落とし、戦略会議を開いていた。しかしグレンダの死体を発見した後、なぜかメイクをして元の舞台衣装に戻っていた。「事件のあとに」。意外な謎とその真相もさることながら、老刑事の自慢話のいいところで必ず先回りして発言するコックリルが愉快である。

おれとフレッドは瓜二つの双子の兄弟。おれはブラック・ウイルが刑務所にいる間にウイルの妻のリディアと出来てしまった。おれはリディアをさそってドライブ中、男の子を轢いてしまった。フレッドはおれを助けるために、ある提案をした。「血兄弟」。倒叙もので、最後にコックリルが登場。血を分けた兄弟なのに、というオチがお見事。

横暴な富豪のキャクストンは、亡くなった夫人の看護婦だった若いエリザベスと二度目の結婚式のパーディーで毒殺された。そして蜂退治のための青酸の罐が無くなっていた。コックリルは、夫人、息子、義理の息子、医者の4人に直接尋問する。「婚姻飛翔」。コックリルが何気ない一言から真相を導き出す推理もさることながら、エンディングの犯人の姿が恐ろしい。

医師リチャードの家に、看護婦のケリーが訪れ、モルヒネを致死量飲んだと告げる。それは狂言だったが、ケリーは赤ん坊ができて父親がリチャードだと訴える。帰ってきたリチャードはそれを否定するも、逆上した妻のステラはケリーを毒殺してしまった。しかし事実は違い、ステラはコックリル警部の尋問に嘘を重ねるが。「カップの中の毒」。これはわかりやすい倒叙もの。まあ主眼となるのは、ステラの心理描写であろうが。

老刑事弁護士のトマス・ジェミニ―は、犯罪者の家族を世間の目から守るために心血を注いでいた。ジェミニ―の家は気の毒な子供たちに開放され、子供たちはジェミニ―・クリケットと呼ばれた。そんなジェミニ―が、四階のかんぬきが内側からかかった事務所の部屋で殺害された。「ジェミニー・クリケット事件」。名作だが、英米版で結末が違うとのこと。本作品は英版。当時ジェミニ―・クリケットの一人だったジャイルズが老人に事件を放し、その老人が容疑者を次々と上げ、真相に迫るのだが、二重三重に繰り広げられるどんでん返しがお見事である。

5年前の事故で足が不自由となった偉大な奇術師、ミスター・ミステリオーゾが、病院の第二新館建設のための定礎式で狙撃され、付人兼運転手の男が庇って死亡した。建築中の第一新館の最上階に小銃が固定されていたが、屋上には報道カメラマンが、入口には警備の警官がおり、誰も入ることはできなかった。13年後、職務怠慢で警察を追われた警官の息子の疑念を晴らすため、ミステリオーゾは当時の関係者たちを集め、疑似裁判を始める。「スケープゴート」。本格ミステリかと思ったら、意外な真相が待ち受けていて面白い。やはり一筋縄ではいかない。

ヒッピーのクリストウは、農夫の娘ミーガン・トマスとの待ち合わせ場所に遅れていくと、ミーガンは川へ身投げをしていた。クリストウは、自分が疑われて牢屋に連れて行かれるかと思うと震えだした。クリストウは、閉所恐怖症だった。「もう山査子摘みもおしまい」。これはどう形容すればいいのだろう。しかしクリストウの恐怖がしんしんと伝わってくる。

エドガーとパッツィーは、レディ・ブラチェットの真珠の首飾りを盗もうと、家政婦のグラディスを籠絡する。レディはかつて一家の財産を独り占めにした、スコットランドの姪が殺しに来ると怯えていた。「スコットランドの姪」。いったい誰がスコットランドの姪なのか。結末のどんでん返しはお見事としか言いようがない。ややコメディチックなのが珍しい。

三流作家のジェラルドは、優れた妻のエルサを殺すために、完全犯罪を計画する。「ジャケット」。これはよくあるパターンの作品だが、それでも結末までの流れが巧い。

リンダ・ハートリイは、ビンデル家の双子のジョイとロイと一緒に即興の替え歌で縄跳びをしていた。リンダの父、ハロルドが亡くなり、事務弁護士のビンデルはリンダの母、ルイーザに、ハロルドから預かっていたあるものを見せる。「メリーゴーラウンド」。子どもたちの替え歌が、何とも恐ろしい。タイトルが秀逸。

アラブの富豪、シェイク・ホラー・ホラー(ミセス・ジョーンズが勝手に付けた呼び名)が、ロールスロイスの車内で背中を刺され、殺された。運転手のスミスが重要参考人となるも、たまたまロールスロイスの隣でタクシーに乗っていたミセス・ジョーンズはスコットランドヤードに、シェイクはスミスだけではなく、粗野な感じの男が乗っていたと連絡する。「目撃」。これは小品。

ミセス・ジェニングスは、隣に住む車椅子の老夫人からいつも見張られていた。老夫人はミセスの行動を常に家族に言いふらしていた。太りすぎているミセス・ジェニングスは、ダイエットを始めるも、見張られていることが気になり、夫との仲も険悪になっていく。「バルコニーからの眺め」。だんだんおかしくなっていくミセス・ジェニングスと、結末との対比が素晴らしい。

ミセス・ボーンは雨の晩、美しい夫婦が軒先で雨宿りをしているのを見つけ注意するも、行くところがないと聞いて可哀想になり、納屋を貸す。その夜、若夫婦の妻は男の子を産む。ミセス・ボーンはこの男の子を、イエスの再臨と思い込む。「この家に祝福あれ」。これぞブラック、という作品である。日本ではありえない思い込みと狂気だなと思ってしまった。

善良そうだったので家に入れてしまったが、実は悪戯電話をかけ続けてきた男だった。「ごくふつうの男」。うーん、これはちょっとだめ。どこがいいのかわからない。

ダフィ・ジョーンズは従兄のサイモンにせがみ、船乗りや娼婦などが集まるブルーバーに連れて行ってもらうも、ハッシッシで酔っぱらい、レイプされてしまう。そのことを父親に知られたくないダフィは嘘を吐く。「囁き」。何とも怖い作品。嘘が嘘を重ね、悲劇を招く。

ビル・エバンズ巡査は自分の娘と孫を轢き殺したジェリンクスに対し、スピードは出していなかったと目撃証言を述べ、唯一無二の正直さを称賛された。「神の御業」。ありがちなストーリーだが、ブランドにかかると一品料理として食べられるものになっているから不思議だ。



本格から奇妙な味、ブラックやサスペンスなど、様々な内容がそろった一冊。クリスチアナ・ブランドの確かな腕に感心し、上等の作品群に酔いしれる一冊。これはもう、素直に脱帽するしかない。逸品ぞろいの傑作短編集。これを読まないと、損をする。

そういう作品を今頃読む自分に飽きれるのだが。しかも新刊で買っているのに。