平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大沢在昌『黒石 新宿鮫XII』(光文社)

 リーダーを決めずに活動する地下ネットワーク「金石(ジンシ)」の幹部、高川が警視庁公安に保護を求めてきた。正体不明の幹部“徐福”が、謎の殺人者“黒石(ヘイシ)”を使い、「金石」の支配を進めていると怯えていた。
 「金石」と闘ってきた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は、公安の矢崎の依頼で高川と会う。その数日後に千葉県で“徐福”に反発した幹部と思しき男の、頭を潰された体が発見された。
 過去十年間の“黒石”と類似した手口の未解決殺人事件を検討した鮫島らは、知られざる大量殺人の可能性に戦慄した――。
 どこまでも不気味な異形の殺人者“黒石”と、反抗するものへの殺人指令を出し続ける“徐福”の秘匿されてきた犯罪と戦う鮫島。“新宿鮫”シリーズ最高の緊迫感で迫る最新第十二作。(帯より引用)
 『小説宝石』2021年4月号~2022年10月号連載。加筆・修正のうえ、2022年11月、光文社より単行本刊行。

 前作『暗約領域』から3年ぶりの長編。前作に引き続き「金石」絡みの事件であり、前作の登場人物も多く登場するし、関連する事項も多い。前作を読まなくても物語の内容はわかるけれど、さすがに新宿鮫を本作から読む人はいないだろう。
 本作では前作に引き続き、元公安部公安総務課の若手刑事・矢崎が登場。現在は本庁警備部の災害対策課に所属しているが、公安の手伝いで鮫島と接触し、事件に当たる。新宿署の阿坂景子課長、鑑識官の藪英次とともに殺人者“黒石”を追う。
 過去の作品では藪や桃井課長という信頼できる相手がいたものの、捜査は基本的に一人で行ってきた鮫島が、本事件では矢崎とのペアがほとんどである。変われば変わるものだな、という気がしなくもない。鮫島も年を取ったのか。それとも少しは柔らかくなったのか。以前ほどの緊張感が鮫島からは感じられないのは良いことなのか、悪いことなのか。さらに本作では、鮫島に反発する“身内”が一切出てこない。そのことも、緊張感が見られなかった理由の一つだろう。そして、アウトローであったはずの鮫島が普通の刑事になりつつある気がして、とても残念でもある。
 自らをヒーローと呼びながら、平然と殺人を行っていく“黒石”だが、残虐な犯行内容の割に恐ろしさが伝わってこないのが残念だった。そもそもなぜ自らをヒーローと呼ぶようになったのかがさっぱりわからない。“黒石”の存在を客観視する人物がいないことから、“黒石”の異常さの本質が伝わってこない。そこに物足りなさを感じる。
 筋運びの巧さは相変わらずなのだが、徐々に新宿鮫が変化してきている。前作よりそう感じさせる作品であった。まだ「金石」で登場していない人物もいるし、おそらく次作も「金石」絡みとなるであろう。とりあえず次作に期待したい。