平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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パトリック・クェンティン『わたしの愛した悪女』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 板紙会社の若い社長アンドリュー・ジョーダンは、白バラのように美しい妻モリーンを熱愛していた。だが、アンドリューには人知れぬ悩みがあった――美しい女を妻にもった夫に共通の悩みであるが……。それは、モリーンに男ができたのではないかという絶えまない疑惑だった。もちろん、その確証があるわけではない。が、ある時、モリーンを中傷する匿名の手紙がアンドリューのもとに届いた。しかし、これとてジョーダン夫妻の睦まじさをねたむあまりかもしれない。
 そんなジョーダン夫妻の生活に大きな波紋を投げたのは、モリーンのいとこローズマリーサッチャーだった。ある日、とつぜん彼女は夫妻のアパートを訪ね、アンドリューの弟ネッドと結婚すると宣言したのだ――あの遊び人のネッド、絶えずいかがわしい女といざこざを起し、そのたびに兄に尻拭いをさせているネッド――そのネッドがローズマリーのような醜い女と結婚するとは! どう見ても億万長者サッチャー家の財産目当てとしか考えられない。モリーンはこの結婚に強硬に反対した。彼女は15歳のとき、交通事故で両親をなくし、サッチャー家にひきとられ、ローズマリーと一緒に育てられたからだ。そのローズマリーの不幸を黙ってみていられない……。だが、皮肉にも不幸はモリーンをみまった。アンドリューの拳銃で、何者かに射殺されてしまった!
 愛する妻を殺されたアンドリューは警察とは別個に、憎むべき犯人を調べはじめた。が、明らかになったのは、美しく、貞淑なはずの妻の、真実の姿だった!(粗筋紹介より引用)
 1960年、発表。1962年、邦訳刊行。

 パトリック・クェンティンは、リチャード・ウェップと、劇作家として知られるヒュウ・ウィーラーの合作ペンネームと訳者あとがきで書かれているが、Wikipediaを見ると他にも参加しているメンバーがいるとのこと。他にQ・パトリック、ジョナサン・スタッジなどの名前も使っている。ともにイギリス生まれで、後にアメリカに帰化した。ただWikipediaによると、本作はヒュウ・ウィーラー(ヒュー・キャリンガム・ホイラー)が単独の作品であり、クェンティンとしても後期の作品となる。
 若社長の美貌の妻が、若社長自身の拳銃で殺害される。警察の容疑は若社長にかかる。愛する妻を殺害した憎むべき犯人を探し始めた若社長であったが、妻や家族の裏側を知ることになる。
 事件を追ううちに殺害された妻の真の姿を知るという展開は目新しいものではないが、個性的すぎる登場人物の描き方がうまいので、物語として楽しめる。特に主人公、アンドリュー・ジョーダンがお人好し過ぎるというか、情けなさすぎるというか。絶対裏側では馬鹿にされているのだろうな、と思わせる描き方は達者だと思った。そんなアンドリューが逮捕までのリミットに追われつつ、情けなさを見せながらも必死に真相を追う姿には、男としては涙を誘う。
 最重要容疑者であるアンドリューがドタバタしているのに、警察が全然動いているように見えないのには首をひねるが、試行錯誤を繰り返しながらの結末の畳みかけは見事。当時どれだけ評価されていたのかはよくわからないが、クェンティンのうまさはよく出ていた佳作だと思う。