平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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麻耶雄嵩『メルカトルかく語りき』(講談社ノベルス)

 ある高校で殺人事件が発生。被害者は物理教師、硬質ガラスで頭部を5度強打され、死因は脳挫傷だった。現場は鍵がかかったままの密室状態の理科室で、容疑者とされた生徒はなんと20人! 銘探偵メルカトルが導き出した意外すぎる犯人とは――「答えのない絵本」他、全5編収録。麻耶ワールド全開の問題作!!(粗筋紹介より引用)
 『メフィスト』掲載の4短編に書下ろしを加え、2011年5月刊行。

 ドイツ人が建てたという一階が洋風レンガ造り、二階が和風木造の売り物の屋敷に集まった高校三年男女6人のグループ。夏休みの楽しい集まりのはずが、一人が墜落死。事故死の結論となったが、一年後に五人が同じ屋敷に集まり、殺人事件が起きる。「死人を起こす」。
 メルカトルに完成直前の短編を消されてしまった美袋。メルカトルは次の短編のアイディアを提供しようとやってきたのが、美袋が住むマンションの同じ階の三〇一号室。早く原稿を済ませれば九州旅行に行けるかもしれないと美袋はほくそ笑んでいたが、部屋の中のこたつの脇に、背中に包丁を突き立てられた若い男がいた。「九州旅行」。
 宗教家と、彼を信奉する五人の若者と、使用人二人が住む孤島。“祝福の書”を取り戻してほしいという依頼で訪れたメルカトルと美袋。しかし台風の夜、宗教家が殺害された。「収束」。
 アニメおたくの物理教師が、高校の理科準備室で殺害された。現場は密室、容疑者は放課後に残っていた高校生20人。メルカトルは同推理をするのか。「答えのない絵本」。
 信州の“密室”という地区にあるメルカトルの別荘、“密室荘”。締め切り疲れの美袋はゆっくり休んでいたが、早朝にメルカトルに起こされて連れていかれた地下室には、初めて見る男の死体があった。「密室荘」。

 この短編集を読んでいなかったことに気付き、手に取ってみた。それにしてもメルカトル、ひどい奴。こんな人物に付き合っている美袋の神経が信じられない。
 この短編集に収録されている作品、いずれもとんでもないものだ。推理はあるのだが、そこから先がない。現場の状況と証拠と証言から、緻密な推理がメルカトルの口から流暢に語られるのだが、事件は解決しない。いったいどういう意味か、それは読めばわかる。これも一応本格ミステリなのか。やはり麻耶雄嵩、とんでもない作家である。
 ただ、麻耶ワールドを把握している読者なら楽しめるかもしれないが、それ以外の読者からしたら、何にも面白くない。本格ミステリの読了後に得られるはずのカタルシスが、どこにもない。一昔前の編集者なら絶対書き直させるよな、と思ってしまう。そもそも、麻耶をデビューさせないか。
 麻耶を好きな人にはたまらない、それ以外の人にはもやもやしか残らない短編集。これでも商売が成り立つから、作家としてやっていけるのだろうけれども。