平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

東川篤也『はやく名探偵になりたい』(光文社)

はやく名探偵になりたい

はやく名探偵になりたい

烏賊川市でも指折りの資産家、藤枝喜一郎に新しい女ができたらしい、遺言状の書き換えを準備している、と付き合いのある美人弁護士から伝えられた甥の修作。唯一の身寄りであり、相続人であったはずの修一だったが、ここでその権利を失ってはたまらない。しかし普通に殺してしまっては、疑われるのは一目瞭然。そこで修一は、地下のオーディオルームで殺害し、密室トリックを仕掛けることで自殺に見せかけようとし、その目論見はもう少しで達成できそうだった。鵜飼杜生と戸村流平が来るまでは。「藤枝邸の完全なる密室」。

建設会社社長から若妻の浮気調査を依頼された鵜飼と戸村。現場であるコテージを見張っていたが、そこに運送業者の軽トラックが現れて、人間が隠れられるような箱型ベンチを積んでいった。当然後を追いかける、バイクの戸村。ところが赤信号で急停車したトラックに激突し、放り出された。目が覚めると周りは血で真っ赤。ところが戸村自身に怪我はない。血は荷台に積んであったベンチからのものだった。そしてベンチには、頸動脈を切られて死んだ男の死体が。当然浮気相手だったが、積んだときは生きていた。そして事故に遭うまで、トラックは時速四十キロで道路を走っており、誰も載らなかったことは戸村も確認していた。いったい誰が、どのようにして殺害したのか。「時速四十キロの密室」。

夢見台までペット捜しの依頼相手へ会いに来た鵜飼と戸村。しかし依頼相手は留守。仕方がないので、仕事は終わりとビールを買いに立ち寄った酒屋の娘がそこで気付いたのは、空っぽのビールケース七つが盗難にあっていたこと。しかも真夜中には、近所の家の窓ガラスが割られ、別の近所の人が酔っ払いに轢かれそうになったという。興味を持った鵜飼が辿り着いた真相とは。「七つのビールケースの問題」。

老舗和菓子屋である西園寺家の友人を訪ねて泊まっていた戸村。妹から誘われ、夜の『雀の森』を歩いていた二人は、車椅子に乗った祖父と、それを押す男性の姿を目撃する。追いかけた二人は、空っぽの車椅子と走り去る謎の人物を見かけ、慌てて近付いた。道の先にあるのは、下に海がある切り立った崖。祖父は海に落とされたのか。戸村は慌てて鵜飼を呼び出す。「雀の森の異常な夜」。

語り手は花見小路家で長年狩猟犬として飼われているモモを母に持つマー君。ガールフレンドは色が白いアイちゃん。花見小路家で宝石が盗まれ、かつての教え子だった鵜飼が呼ばれた。現場の状況から、盗んだのは家人であることは明らか。しかしマー君から見て、鵜飼や一緒に来た戸村はどう見ても頼りない。本当に犯人を捕まえることができるのだろうか。「宝石泥棒と母の悲しみ」。

ジャーロ』及び『新・本格推理 特別編』掲載。烏賊川市シリーズ短編集。2011年9月刊行。



「宝石泥棒と母の悲しみ」が2008年春号、「時速四十キロの密室」が『新・本格推理 特別編』2009年3月掲載。残り3編は、2010年冬号以後の掲載。『謎解きはディナーのあとで』のヒットを受け、光文社が慌てて東川に烏賊川市シリーズの短編を依頼したのが目に浮かぶようだ。表紙イラストは、鵜飼、戸村と、各短編の登場人物。まあ、一匹犬が混じっているが。

このシリーズの特徴は、情けない探偵側の掛け合いから繰り広げられるドタバタコメディと、しっかり組み立てられた本格ミステリの面白さが融合したところにあると思うが、その骨格は短編でも変わらず。長編では美味しいところを取られることもある鵜飼だが、短編ではなんとか……とりあえず探偵役をこなしている。ただ、登場人物が鵜飼と戸村だけだと、本来の突込みがいないため、コメディの点で欠けるところがあるのは残念。やはり戸村が小ボケ、鵜飼が大ボケで、突っ込みは二宮朱美や砂川警部にお願いしたいところ。十乗寺さくらも一作ぐらい出してほしかった。

作品の完成度という点から見ると、自身のある作品から順に並べて言った感じ。某作品を彷彿させるオチが面白い「藤枝邸の完全なる密室」はいい作品だと思うが、それ以後は順々に小粒となっている。このシリーズを短編として成立させるために、色々と試行錯誤している感もある。「藤枝邸の完全なる密室」は2011年夏号の最新作であるが、ようやく主人公二人と短編における距離感をつかむことができたのではないだろうか。

烏賊川市シリーズのファンなら読んでみた方がいいと思うが、近作長編で見せた面白さを期待するとちょっとがっかりする。次回作を気長に待った方が、よいかもしれない。