平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

阿津川辰海『録音された誘拐』(光文社)

 大野探偵事務所の所長・大野糺が誘拐された!? 耳が良いのがとりえの助手・山口美々香は様々な手掛かりから、微妙な違和感を聞き逃さず真実に迫るが、その裏には15年前のある事件の影があった。誘拐犯VS.探偵たちの息詰まる攻防、二転三転する真相の行方は……。どんでん返しに次ぐ、どんでん返し! 新世代本格の旗手が描く今年最大の逆転ミステリー開幕。 本当に騙されていたのは誰だ?(帯より引用)
 2022年8月、書下ろし刊行。

 

 短編集『透明人間は密室に潜む』に収録されている「盗聴された殺人」に登場する大野糺、山口美々香のコンビが長編で登場。しかし大野糺が誘拐されてしまうので、前作のユーモアたっぷりの二人の掛け合いは残念ながら見られず。あの雰囲気を長編にしてほしかったので、今回の設定は非常に残念。作者があとがきで書いている通り、本当にひねくれている。
 作中にもあるけれど、今時誘拐なんて珍しい。それも成人男性の誘拐。普通に考えれば誘拐が成功するわけがないのに、犯人はあの手この手で仕掛けてくる。一方、たまたま大野家に来ていた山口美々香は、全ての音を手掛かりに真相に迫る。事件の真相は、15年前の誘拐事件に隠されていた。
 誘拐を巡るやり取りはいろいろ考えられていて、読んでいて面白い。また真相に至るまでも色々と仕掛けが施してあり、読者を翻弄する。ただ、ここで止めておけばよかったんじゃないか。誘拐だけで充分物語は成り立っていただろう。もう一つのサイドストーリーは、はっきり言って不要。これがあるため、印象が散漫になってしまうし、本来の謎解きがぼやけてしまっている。逆の言い方をすると、テーマを詰め込みすぎ。ただでさえ誘拐のストーリーで色々と詰め込んでいるのに、勿体ない。誘拐ミステリの新機軸となるところだったのに。
 こういう重いやり取りではなく、もっと軽妙なミステリをこのコンビで読んでみたかった。自分の勝手な思いだが、期待外れで残念。