大富豪の娘を誘拐し、殺したとされる男の裁判。陪審が下した無罪判決は、世論からバッシングを浴びた。それから十年。現在は刑事弁護士として活躍しているマヤ・シールら当時の陪審員たちが、かつて裁判中に宿泊していたホテルに集められる。あの事件のドキュメンタリーが撮影されるのだ。だが番組収録を翌日に控えたその夜、真相につながる新たな証拠を見つけたと主張していたひとりが、部屋で死体で発見された。マヤは自らの容疑を晴らすため、必死の調査を開始するが……サスペンスに満ちたリーガル・ミステリ。(粗筋紹介より引用)
2020年2月、ランダムハウスより刊行。2021年7月、邦訳刊行。
作者のグレアム・ムーアは1981年シカゴ生まれの作家、脚本家。2010年、『シャーロック・ホームズ殺人事件』で作家デビュー。2014年、映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』の脚本を担当し、第87回アカデミー賞脚色賞を受賞している。
10年前にロサンゼルスの大富豪、ルー・シルバーの一人娘、ジェシカが誘拐され、遺体がないまま、ジェシカが通う学校のパートタイムの国語教師で黒人のボビー・ノックが逮捕された。ジェシカとボビーは放課後に会い、メールを通わすようになっていた。国民の84%が、ボビーがジェシカを殺害したと信じていた。本来なら表に出ないはずの12人の陪審員の名前が表に出るほど、アメリカ中の注目を浴びた。5か月後、陪審は無罪判決を下した。当初は11対1で有罪判決だったが、唯一無罪を挙げたマヤ・シールが他を説得したのだ。まさかの無罪判決に、世間は陪審員を非難した。それから10年後、テレビ局の企画で当時のドキュメンタリーが撮影されることになり、1人を除く11人が、当時宿泊していたホテルに集まった。刑事弁護士となったマヤは撮影前日、黒人のリック・レナードを部屋に招き入れる。二人は裁判中、肉体関係に陥ったが、リックは最後の一人になるまで有罪を訴えていた。リックはその後、マスコミにやはり有罪であったとマヤを批判するようになる。そんなリックは、真相につながる新たな証拠を見つけたと話す。口論となって部屋を出たマヤが再び帰ってくると、リックは殺されていた。疑われたマヤは他の陪審員たちに話を聞いて容疑を晴らそうとする。
物語はボビー・ノックの裁判と10年後の話が交互に語られる。陪審員たちの視線を通した裁判や評議の様子、そして10年後はマヤの視点によるリック殺害事件の真相と、さらにリックがつかんだという証拠探しの話である。
訳者があとがきで「なんとも皮肉に満ちた作品である」と書いているが、その通り、皮肉に満ちた作品である。10年前の裁判の展開は、『十二人の怒れる男』を彷彿とさせるもの。もし、評決が誤りだったら。そんなifを楽しむことができる。さらに有罪確実とされた黒人が無罪となる展開は、立場こそ違うがシンプソン事件を彷彿とさせる。他にもクリスティ(ミステリ)に対する皮肉もあるし、マスコミに対する皮肉もある。おそらく陪審員制度や弁護方法、ブラック・ライヴズ・マターにも皮肉な視線を向けているのだろう。事件の真相までも含めて、今のアメリカが抱える問題点、矛盾点に対する皮肉な視線を集めた作品になっている。
それでいて優秀な法廷ミステリに仕上がっているところが面白い。意外な展開がこれでもかとばかり続き、読んでいて振り回されっぱなしであった。変なことを言うけれど、乱歩が得意な裏返しトリックをこれでもかとばかりに詰め込んだような、今までのミステリにあった“よくある展開”を多々ひねくれて使ったような作品なのである(いや、本当にあったかどうかはよく覚えていないが)。そういう意味でも、皮肉に満ちた作品なのだ。
映画の脚本家らしい、サプライズの連続みたいな作品。個人的には好きだぞ。