平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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有栖川有栖『捜査線上の夕映え』(文藝春秋)

 コロナ禍が一時的に収まっていた8月28日、東大阪市の十階建ての賃貸マンションの508号室に住む奥本栄人が、クロゼットの中にあるスーツケースの中に押し込まれた死体で発見された。29歳で元ホスト、現在は無職。瞑想に凝っていた。凶器は部屋の中にあった置物。発見したのは恋人の歌島冴香で、死後2日から4日経っていた。ただし、冴香は25日夕方にこのスーツケースを返しに部屋を訪れていた。本人には会えなかったが、LINEでやり取りはしていた。また26日朝にもメッセージがあった。防犯カメラの映像と管理人の証言から、25日昼前まで奥本が生きていたことは確実だった。容疑者は冴香、そして25日午前に奥本の部屋を訪れていた冴香の友人の黛美浪、奥本から借金をしていた友人の久馬大輝。ありふれた殺人事件のように見えたが、一筋縄ではいかないと誰もが感じていた。そして9月4日、船曳班が率いる捜査本部に火村と有栖川が呼ばれた。
 『別冊文藝春秋』353号~356号連載。加筆修正のうえ、2022年1月、単行本刊行。

 

 火村英生シリーズ最新作。帯には誕生30年と書かれている。『46番目の密室』は出てすぐに読んだ記憶があるが、もうそんなに経ったのか。長編は『インド倶楽部の謎』以来なので3年4か月ぶり。東大阪市が舞台で、大阪府警捜査一課の船曳警部、鮫山警部補、森下刑事、茅野刑事、高柳刑事といったレギュラー面々も登場する。
 帯には「臨床犯罪学者 火村英生の登場で、一見ありふれた殺人事件が「ファンタジー」となる」と書かれている。確かにありふれた殺人事件だが、火村の登場によって「ファンタジー」となったかどうかは微妙。殺人事件に絡む登場人物は少ないし、密室などの派手なトリックがあるわけでもない。一応アリバイ崩しはあるが、これもトリックといえるほど派手なものではない。登場人物の人間関係が中心となっており、丁寧に書かれている分、もどかしいと思う読者がいるかもしれない。私は結構楽しめたが、重たく感じたのは事実。
 端的に言えば、地味だけど読み応えのある一冊。ただ、火村シリーズファンなら楽しめるだろうけれど、それ以外だとどうだろう。シリーズキャラクターの積み重ねがあっての一冊という気もする。それも小説の醍醐味の一つだとは思うが。