平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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有栖川有栖『鍵の掛かった男』(幻冬舎)

鍵の掛かった男

鍵の掛かった男

2015年1月、大阪・中之島の小さなホテル"銀星ホテル"で一人の男・梨田稔(69)が死んだ。警察は自殺による縊死と断定。しかし梨田の自殺を納得しない人間がいた。同ホテルを定宿にする女流作家・影浦浪子だ。梨田は5年ほど、銀星ホテルのスイートに住み続け、ホテルの支配人や従業員、常連客から愛され、しかも2億円以上預金残高があった。影浦は、その死の謎の解明をミステリ作家の有栖川有栖とその友人の犯罪社会学者・火村英生に依頼。が、調査は難航。梨田は身寄りがない上、来歴にかんする手がかりがほとんどなく人物像は闇の中で、その人生は「鍵の掛かった」としか言いようがなかった。生前の彼を知る者たちが認識していた梨田とは誰だったのか? 結局、自殺か他殺か。他殺なら誰が犯人なのか? 思いもしない悲劇的結末が関係者全員を待ち受けていた。"火村英生シリーズ"13年ぶりの書き下ろし! 人間の謎を、人生の真実で射抜いた、傑作長編ミステリ。(帯より引用)

2015年10月、書き下ろしで刊行。



火村英生シリーズとしては『マレー鉄道の謎』以来13年ぶりの書き下ろし長編。連載を含めても『乱鴉の島』以来9年ぶりの長編である。定期的に本屋で見かけるから、まさかこんな長い期間、長編を出していないとは思わなかった。

火村が入学試験で忙しいことから、有栖川が単独で調査を行っている。今回は事件と言うよりも、亡くなった男の過去を探す物語であり、どちらかと言えば私立探偵物の趣がある。中之島の描写が多い点は、旅情ミステリに近いかもしれない。

そのような設定であるから、当然展開は地味である。しかし、少しずつ解かれていく展開は丁寧に書かれており、読者を飽きさせない。とはいえこの辺は好みがあるだろうし、退屈に感じる読者もいるだろう。まあ、もう少し短くしてもよかったんじゃないかとは思うが。

真打ち登場、みたいな形で最後に事件へ乗り出した火村によって、梨田の死の真相と意外な結末が待ち受ける。とはいえ、結末については伏線が張られているわけではなく、やや唐突な感がある。このあたりについては、惜しい、といわざるを得ない。

火村も有栖も34歳のまま、というのはどうかと思うし、さり気なく火村の闇の部分とそれに対する有栖の思いが書かれているのは、今後の伏線だろうか。今回の小説には不要だった気もするが。

久しぶりに火村シリーズを読んだが、安定の面白さがある力作である。どうせなら短編でもう1回、このホテルに登場してもらいたい気がする。