平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大山誠一郎『アリバイ崩し承ります』(実業之日本社文庫)

 美谷時計店には「時計修理承ります」とともに「アリバイ崩し承ります」という貼り紙がある。難事件に頭を悩ませる新米刑事はアリバイ崩しを依頼する。ストーカーと化した元夫のアリバイ、郵便ポストに投函された拳銃のアリバイ……7つの事件や謎を、店主の美谷時乃は解決できるのか!? 「2019本格ミステリ・ベスト10」第1位の人気作、待望の文庫化!(粗筋紹介より引用)
 『月刊ジェイ・ノベル』に2004年から2007年に掲載。2018年9月、書き下ろしを加え、単行本刊行。2019年11月、改稿して文庫化。

 

 大学教授が自室で背中からナイフで殺害された。ギャンブル好きで、別れた後も金をせびるなどストーカー行為を続けていた元夫が犯人かと思われたが、犯行時刻には友人2人と居酒屋で飲んでいた。「第1話 時計屋探偵とストーカーのアリバイ」。
 郵便ポストから、午後三時の集荷の際に拳銃が発見された。銃口から硝煙が臭い、銃口付近に人血が付着していた。2つの暴力団の小競り合いかと思われたが、その拳銃で殺害されたのは、製薬会社に勤める独身男性。好青年で殺される心当たりは全くなかったが、上司の課長に動機があることが判明。しかし課長には、犯行時刻には中華レストランで従兄弟たちと集まっていた。「第2話 時計屋探偵と凶器のアリバイ」。
 刑事の僕が夜の散歩中、男が車に跳ね飛ばされるのを目撃した。男は僕に、恋人を殺害したと告白。しかしそのまま意識を失い、亡くなった。男はアリバイ崩しを得意とする推理作家で、殺されたのは男の彼女だった。しかし男が別の女性を好きになり、別れ話がもつれていた。警察は自供の裏付けに当たっていたが、男は死亡推定時刻の10分前に自宅で宅配便を受け取っており、彼女のマンションまでは車で20分かかる。しかし、男は自宅近くで車に轢かれた。男にアリバイが成立している。「第3話 時計屋探偵と死者のアリバイ」。
 個人レッスンのピアノ教師の女性がマンションの自室で首を絞められて殺された。両親から相続した家と土地を売り払うかどうかについて、妹ともめていた。そして妹は殺害時刻にアリバイがなかった。話を聞くと、夢遊病の発作を起こして殺したのではないかと語る。しかし僕には彼女が犯人とは思えなかった。さらに調べると、女性が通っていたマッサージ店の店長の男性が怪しい。しかし犯行時刻、店長は別の女性を見せでマッサージしていた。「第4話 時計屋探偵と失われたアリバイ」。
 時計を買った僕に、美谷時乃は小学四年生の時の話をする。時計店店主の祖父と二人暮らしの時乃に、祖父はアリバイ崩しの問題を出す。振り子時計を3時25分に止めるが、祖父が持っていた写真には、一駅離れた駅前広場の時計台をバックにした祖父がいた。時計台は3時25分を差していた。もちろん、振り子時計に仕掛けはない。「第5話 時計屋探偵とお祖父さんのアリバイ」。
 三連休をもらった僕は、長野県の料理がおいしいことで有名なペンションへスキーをしに行った。しかし二日目の朝、客の一人が隣の時計台の中で鉄亜鈴で殴られて殺害されていた。僕は夜の11時、その人が時計台に向かうところを目撃していた。残っている足跡は、犯人が往復したとみられる長靴と、被害者が向かっている足跡だけ。当然ペンションにいる誰かの犯行と思われたが、オーナー夫婦、僕を含む客3人はダイニングのバーで12時まで一緒に酒を飲んでいた。犯行時刻は11時から12時の間。残るは、客の一人である中学一年生の少年だった。「第6話 時計屋探偵と山荘のアリバイ」。
 65歳の元健康器具販売会社の男性が、自宅で鈍器で殴られ殺害された。70歳になる姉と、男性の持つ自宅と土地を売却するかしないかでもめていたが、姉は自宅にお手伝いとおり、しかも足が不自由で車いす生活だったので、犯行は無理。捜査は難航。3か月後、姉は警察の許可を得て、伸び放題になっている植木や雑草を刈り取ったが、隅の木の根元から男性の白骨死体が発見された。男性が社長だった会社の経理担当だった男で、しかも一千万円の使い込みをして十三年前に失踪したと思われていた。もしかして男は、社長に殺害されたのではないか。男の身寄りを探すと、妻は亡くなっており、21歳の大学生の息子だけが残っていた。息子にアリバイを聞くと、その日は友人が家に遊びに来ていたという。「第7話 時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」。

 

 大山誠一郎はデビュー作と第二作を読んだが、謎解きにこだわる割にはあまりにもわかりやすく見逃せない矛盾があって、これ以上読む気にはならなかった(創元じゃなかったら手に取っていなかったと思うが、創元じゃなかったらデビューすらできなかっただろう)。三作目で第13回本格ミステリ大賞を受賞したのには驚いたが、それでも手に取る気にはならなかった(まあ、いつかは読むつもりだが)。本作は「2019本格ミステリ・ベスト10」第1位を取ったというので、文庫化されたのをたまたま見つけて読んでみることにした。
 4月に県警本部捜査一課第二強行犯捜査第四課に配属された僕(名前は出てこない)が、容疑者にアリバイがあって行き詰まると、「アリバイ崩し承ります」という貼り紙がある美谷時計店に行き、20代半ばの店主、美谷時乃に話を聞かせ、アリバイの謎を解いてもらうという設定。1件解けたら5,000円。決め台詞は「時を戻すことができました」。
 物語性を徹底的に削り落とした安楽椅子探偵ものになっている。ご丁寧なぐらいに手がかりを書いてくれているので、アリバイ崩しそのものはそれほど難しくはない。第1話は背中から刺された時点で分かりそうなものだし、第2話は警察の鑑定で分かるだろうと思ってしまう。第3話はちょっと面白かったが、これも警察の鑑定が間抜けすぎ。第4話は実現できるとは思えない。第5話はただの思い出話。ここで探偵役に少しでも人間らしさを加味しようとでも思ったのだろう。第6話は、あまりにも警察が短絡的。というか、あんな状況ならすぐに自白しないか。第7話もダウンロードという点でピンと来る。全ての話は、過去にあったミステリのアリバイトリックのアレンジとなっている。新味はあまりない(それ自体は別に悪いことではない)。
 そして先に書いたとおり、物語性が削ぎ落されているので、ただの推理クイズに終わっている点が空しい。いくら本格ミステリといったって、ドイルの作品が推理クイズになっているか? 明智小五郎が出てくる作品が推理クイズで終わっているか? 隅の老人が推理クイズか? ワクワクする謎も、あっと驚くトリックも、魅力的な雰囲気を漂わせる探偵も、何もない。言っちゃ悪いが、事件をパソコンに入力したら、AIが謎を解いているようなものだ。見た目は悪くなくても、味が何もしない。
 うーん、『2019本格ミステリ・ベスト10』を買っていないから、当時どのような評があったのかはわからないが、どこが良かったのかさっぱりわからない。解説を読んでも、どこのおとぎ話がここにあったんだというぐらい、ピントがずれていると思った。無味無臭な作品。まあ、こういうトリックのみみたいな作品が好きな人もいるのだろうなあ、とは思った次第。浜辺美波主演によりテレビドラマ化されているが、なるほどなとは思った。脚本家や演出家によって、いくらでも味付けできる。