平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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鮎川哲也『五つの時計 鮎川哲也短編傑作選I』(創元推理文庫)

過ぐる昭和の半ば、探偵小説専門誌「宝石」の刷新に乗り出した江戸川乱歩から届いた一通の書状が、伸び盛りの駿馬に天翔る機縁を与えることとなる。乱歩編輯の第一号に掲載された「五つの時計」を始め、三箇月連続作「白い密室」「早春に死す」「愛に朽ちなん」、花森安治氏が解答を寄せた名高い犯人当て小説「薔薇荘殺人事件」など、巨星乱歩が手ずからルーブリックを附した全短編十編を収録。作家デビューから半世紀を経てなお新しい読者を獲得し、熱い視線を受け続ける本格派の驍将鮎川哲也……若き日の軌跡を窺う奇貨居くべき傑作短編集成。(粗筋紹介より引用)

北村薫編。巻末には有栖川有栖北村薫山口雅也の鼎談含む。1999年2月、刊行。



鮎川哲也の短編傑作選第1巻。北村薫が編集し、1987年に出版された『時間の檻』(光文社文庫)に短編3本を追加。さらに各短編の冒頭には、掲載された『宝石』の編集長だった江戸川乱歩によるルーブリックがついている。また、「薔薇荘殺人事件」には花森安治の解答も付せられている。

北村薫が編んでいるところから、読み応えのある本格ミステリ短編が並んでいる。ただ、トリックは驚嘆できるところもあるが、物語として読む分には退屈な作品も多い。結局どこで本格ミステリを楽しむかかな。特に最近は、トリックを解くだけの作品が退屈である。本格ミステリは好きだけど、どうしても鮎川哲也とは肌が合わない。



高級アパートの一室で男が殺され、預金通帳が盗まれていた。来客のあった痕から、顔見知りの犯行と推測された。金に困り、通帳が職場の机にあり、アリバイがなく、凶器のタオルの持ち主であった同じ課の男が容疑者としてあがる。ただ、あまりにも証拠がそろいすぎていた。しかも殺された男は、捜査二課が横領で取り調べをしていた人物であった。もう一人の容疑者で、横領の黒幕とされる課長補佐には、鉄壁のアリバイがあった。「五つの時計」。鬼貫によるアリバイ崩しだが、結局トリック解明で終わっており、物語に起伏がなくて退屈な作品である。

雪が降り止んでいた午後九時半、女子医学生の佐藤キミ子が座間教授の家を訪ねると、ドアから出てきたのは雑誌編集長の峯だった。家の中には、教授の刺殺体。凶器は無く、明らかに他殺だった。しかし庭に残されていたのは峯とキミ子の足跡だけ。家の中には他に誰もいなかった。死亡推定時刻の午後九時には、二人ともアリバイがあった。雪に囲まれた密室殺人の謎を、星影龍三が解く。「白い密室」。密室三部作の一作。昔は三部作で一番好きだったはずだったんだけどなあ。再読すると、どうもトリックが呆気なさ過ぎるというか。それと描写に前半と後半のギャップがあるため、トリックが解明されても今一つ面白みに欠けるのである。

茅ヶ崎の製紙工場で働く国領が、東京駅近くのビル工事現場で殺害された。渋谷に住むガールフレンドの柴崎しず子と東京駅で午後八時に待ち合わせていたにもかかわらず、国領は来なかったという。現場に落ちていたライターより、しず子を巡って争っていた証券ブローカーの布田が容疑者として浮上するが、布田は群馬県の旅館にいた。国領が東京駅に着いた頃、布田はすでに新潟行の列車に乗っていた。「早春に死す」。乱歩が言うように、動機の描写に難があり、解決を聞かされるとかえって呆気にとられてしまう。トリックは確かに驚かされるのだが。

八州運輸関西支社の荷物の取り扱い違いで盗まれそうになった木の函から、高級机ではなく美少女の死体が出てきた。美少女は、八州運輸東京本社に勤務する事務員、灰田なおみであり、この日に人事課長から捜索願が出ていた。荷物の送り主であるマルナカ産業に行くと、支配人は、静岡へ送ったはずの函が大阪に着き、大阪へ送ったはずの荷物が静岡に送られているという。函の大きさが違うから、間違えるはずがない。しかも大阪へ送るはずだった小さい函は、偶々在庫がなく、当日改めて作ったものであった。そして運転手も、大きい函を間違いなく静岡に下ろしたと証言する。「愛に朽ちなん」。ページ数の限界なのか、問題編が長く、解決が唐突。どうでもいいけれど鮎川哲也って、若い女性に偏見でもあったのか?

楽団ハネ・ワゴンのパトロンである三木氏から貸与された練習所兼合宿所である不二見荘で、シンガーの瓜原まゆみが殺害された。しかも女中のちずが台所で猿ぐつわを嵌められ、椅子にくくりつけられていた。ちずはピエロの格好をした人物に襲われたと証言。しかもピエロは逃げる途中のトンネルで消えてしまった。星影龍三が事件の謎を解く。「道化師の檻」。カーを彷彿させる消失トリック。トリックのための作品にしか見えない。

神奈川県の真鶴にある薔薇荘は、小栗虫太郎の黒死館を模していた。薔薇荘には様々な大学の学生たちが下宿していたが、そこで連続殺人事件が発生する。事件の謎を星影龍三が解く。「薔薇荘殺人事件」。鮎川哲也による問題編、解決編の他に、花森安治による解決編も付されている。解答を正しく導き出していることから、読む人が読めば犯人までたどり着くのだな、鮎川哲也はフェアに問題を出しているのだな、と感じた。ただ、それだけ。書きようによってはいくらでも長くできそうな題材を惜しげもなく使ってしまうところが、鮎川なんだろう。それが濃縮されるのではなく、物語としては薄味に終わってしまうのが残念なところだが。

剣豪作家、和田倉大輔はタオルで絞殺された。机がこじ開けられ、現金が盗まれていた。出版社から預かった和田倉の百万円近い現金を電車の中で紛失したとして弁償を求められていた挿絵画家の槇が容疑者としてあがるも、槇はバーの女給吟子と睡眠薬心中を図っていた。鬼貫がアリバイ破りに挑む。「二ノ宮心中」。トリックを聞かされても、はい、お疲れさま、としか思えない。盛り上がりに欠けるんだよな。

豪雨の山荘で開かれた牧良介の61回目の誕生祝。推理小説家の私、碁敵の猪谷老人、甥の丑太郎と悟、同じく甥で山荘の管理人である海彦と妻のよし子、それに二十年ぶりに対面した姪の絵馬子が集まった。次の日の朝、殺害された良介の死体が発見され、蒐集していたおとの面(お多福の面)の1個だけが逆さまに掛けられていた。がけ崩れのため、警察は来られない。翌日の朝、海彦がガスで爆死し、小型冷蔵庫が逆さまになっていた。夕方、猪谷老人が私のベルトで絞殺され、部屋の油絵が逆さまに掛けられていた。私は星影龍三に電話し、事件の謎を解いてもらう。「悪魔はここに」。物語としてはできているが、今回はトリック、というか謎が単純。星影が10分で謎を解いたというのもわかる気がする。まあ、こういうシンプルなものは嫌いではない。どうしても一点、気にかかるところはあるが、それは野暮というものなのだろう。

帳簿に開けた大きな穴を返済するよう、出版社を共同経営する田沢に迫られた丸毛。自宅で田沢を殺害し、車で線路まで運んで、列車強盗に遭って社外に突き落とされて殺されたかのように見せかけた。「不完全犯罪」。いわゆる倒叙もので、どこから犯人はミスをしたかを当てるもの。この手の倒叙ものは好き。今回は犯人の性格から足がつくというもので、意外性があってよい。

雑文書きで一時は売れっ子だったが、不正事件に携わって落ちぶれた三田稔は恐喝屋の道を選ぶ。果樹園の若い園主と婚約した女子学生を恐喝し、ついには殺害された。婚約者が恐喝され、ノイローゼとなって入院したことを恨む園主の唐沢良雄が容疑者としてあがるも、三田が殺害された時刻には急行出雲に乗っていたアリバイがあった。ところが出雲の唐沢の席の近くに座っていた客たちはいずれも唐沢に記憶がないという。「急行出雲」。鬼貫がアリバイを破るのではなく、アリバイを探しに行くという逆転の発想は面白いが、トリック自体は想像しづらいもので面白くない。