平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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五條瑛『スリー・アゲーツ 三つの瑪瑙』(集英社)

スリー・アゲーツ―三つの瑪瑙

スリー・アゲーツ―三つの瑪瑙

 

  復権を果たした金達玄。しかし、改革解放派の彼の地位はまだ危うい。特に、金正日の側近であり、対南・対日工作の元締めである国家保安部――三号庁舎を仕切る金容淳との関係は悪化する一方であった。折しも、北朝鮮のミサイル発射事件を巡り、日本国内では北朝鮮に対する感情的世論が沸き起こっていた。そんな時、三号庁舎の工作員で、スーパーK(北朝鮮製の偽ドル札)工作にかかわっていた男が、ソウルでの壮絶な銃撃戦の末、逃亡する。男には任務のため潜入していた日本と、祖国である北朝鮮にそれぞれ妻子がいた。アメリ国防省の情報組織、通称“会社”は人的情報収集活動のプロ葉山を男と接触させ、司法取引をさせようともくろむ。ふたつの家族のどちらかを選べば、もうひとつは破滅する。苦悩する男の下した究極の選択とは!?(粗筋紹介より引用)
 1999年12月、単行本刊行。2001年、第3回大藪春彦賞受賞。

 

 処女作『プラチナ・ビーズ』が出版された時は大物新人作家誕生みたいなことが書かれていたような記憶がある。経歴を見ると防衛庁で極東の軍事情報及び国内情報の分析を担当していたとのことだから、本作のような朝鮮状況なんかはお手の物だっただろう。本作は作者の第二作であり、処女作に続く鉱物シリーズとのこと。事件を解決しようとする葉山隆や、在日米軍横須賀基地の海軍調査軍に勤務する坂下冬樹は、前作に引き続いての登場となる。
 本作は、スーパーK工作に携わっていた北朝鮮工作員、チョンの物語と言ってよい。今まではひっそりと作戦に携わってきたが、今回だけはある特殊任務を成功させるために派手に動き回ることとなる。はっきり言って敵役なのに、なぜか感情移入してしまうのは、家族に対する思いがとても強いからか。北朝鮮と、日本と、それぞれに妻と子供がおり、そしてどちらも大切にしている。よくよく見れば二股かけている男なんだが。工作員ならではの苦悩、北朝鮮という祖国ならではの苦悩、そして家族を大切にしたくてもなかなかそばにいることができない苦悩。そんな思いがひしひしと伝わってくるから、読者もチョンという男に惹かれていく。
 執筆当時は北朝鮮という国の幻想がはがれてきたころだっただろうか。少なくとも赤軍派のメンバーが憧れていた国の姿とは全く別のものであることは、知れ渡っていたような気がする。それでもまだまだ北朝鮮という国にベールがかかっていただろう。だからこそ、本作のリアルさが伝わってくる気がした。<br>
 人への思いが強すぎて、大藪春彦の世界観とは少々異なる気がするものの、面白い作品であることに間違いはない。子どもたちに罪はないから、幸せになってくれよと祈ってしまうラストが印象的だ。