平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大藪春彦『戦いの肖像』(角川文庫)

――水島の手刀が突き刺さった。瞬間、男の顔はひん曲がり、首の後を破って骨が露出していた。すでに、男は死の痙攣をはじめた……。

現金輸送車を襲い、殺人を犯した水島はもう引き返せない。彼の前には、野望達成のための戦いがあるだけだ!

“華麗なコーナリング”で、モータースポーツ界を湧かせた天才レーサー水島哲夫の栄光と破壊工作。彼の翳の生活がいま、はじまった。

凄まじい破壊力を秘めた大藪アクションの最高傑作!(粗筋紹介より引用)



大藪春彦にはユートピア願望があったらしく、自らのユートピアを作るために犯罪を続ける物語がいくつかあるが、この作品もその一つ。

出だしの天才レーサーぶりは『汚れた英雄』の北野晶夫だし、その後の現金輸送車を襲い犯罪に手を染めるところから共有の夢を持つ仲間と犯罪をエスカレートさせていく展開は『唇に微笑、心に拳銃』そのもの。ただ、どっちが先に書かれたのかは調べていないのでわからないが。『唇に微笑、心に拳銃』では、仲間たちと心で繋がっているようだが、この作品では主人公である水島と仲間たちとの関係が支配者と非支配者であることが違うくらいか。

自衛隊の兵器やヘリ、アメリカの原子力空母まで強奪する展開は、スピーディーな書き方だから一応読ませるが、さすがに荒唐無稽というしかない。勢いだけで無理を通している印象がある。

悪のシンデレラストーリーもの(『野獣死すべし』〜『蘇える金狼』)の場合は、似たようなストーリーでも少しずつ違った趣向を入れていたものだが、ユートピアものはやっていることがほとんど変わらない。この辺の作品を読んで、大藪はワンパターンだと言う人がいても、不思議ではないだろう。大藪を50冊以上は読んでいるが、退屈だと思ったのは、自分としては珍しい体験だった。