平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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平林初之輔『平林初之輔探偵小説選II』(論創社 論創ミステリ叢書2)

平林初之輔探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)

平林初之輔探偵小説選〈2〉 (論創ミステリ叢書)

東京キネマの女優、山上みさをが山の手アパートで絞殺された。死体を発見した情夫で野球選手の神村進、情事関係を結んでいた映画雑誌『シネマ時報』編集主任の村井保、パトロンで製菓会社の常務取締役である松木久作、同じ女優で隣室に住む植田欣子、アパートの食堂のボーイ鷲尾への尋問から、検事は犯人を導き出す。「アパートの殺人」。証言のみで構成され、証言の矛盾を突くという作品だが、物語の面白みには欠ける。

10年ほど前、夜の11時に退社した私と時国はカフェに寄った後、終電の過ぎた駅の後ろで9歳の子供・しげるを見つける。しげるは両親から虐待されていた。二人はしげるをカフェに預けて両親のところに行くと、両親は眠っていた。二人は説教をしたのち、迎えに行くように告げた。6,7年後、私は父親と再会する。「夏の夜の冒険」。不気味な余韻を漂わせるラストだが、タイトルとは合わない気がする。

盲人で按摩の玄石は、関東大震災後の東京の都市計画によって屋敷や四十坪の土地の半分以上が削り取られ、毎日溜息をついていた。美人の妻である千鶴子が、同じ職業をしており、盲唖学校の同窓でもある藤木と関係しているのではないかと猜疑の心を抱き、ついに行動に出る。「二人の盲人」。正直言ってどこに面白みがあるのかわからないのだが、震災後の無慈悲な都市計画に対する抗議の作品なのかもしれない。

世間を騒がせている大日本正義党の中央執行委員から三十号へ、東亜局長遠山彦太郎を暗殺する命令を受け、七十六号、二百二十四号に立案させる。大日本正義党はその詳細が一切不明で、唯一知られているのは捕まっても一切喋らないという「鉄の規律」のみ。全員マスクをつけており、お互いどんな人物かすら知らない。正義党からの脅迫状を受け取った遠山は、秘書官や警視総監からの心配にも一笑に付す。そこへ情報局に勤める次男が家に忘れ物をしたと述べ、車を借りた。ところがその車は、遠山が乗るはずの車だった。その車は事故に遭うが、次男は絞殺されていた。「鉄の規律」。意外な事件の謎を追う作品だが、単なる思い付きで終わっているところが残念。ここまでどうやって正義党がのし上がったとかが書かれていないため、結末が驚きにならないで終わっている。

新聞記者の島龍之介は、熱海のMホテルに滞在中に知り合った23歳くらいの女性・山野に誘われ、梅園へ行く。龍之介は山野の依頼で、東京のMホテルに夫婦として10日間ほど宿泊することとなった。未完遺稿「謎の女」。未完なので評しようがないが、発端としてはなかなかの雰囲気。ちなみに掲載誌『新青年』で続編が募集され、冬木荒之介が当選した。鮎川哲也編『怪奇探偵小説集(正)』に収録されている。冬木の正体は、後の井上靖である。

青年は牧師に懺悔する。青年は三年前、西国の田舎町に住んでおり、民子という恋人がいた。青年が流行感冒で入院中、民子は東京に行くことになったと写真を渡し去っていく。「悪魔の聖壇」。意外なラストが印象深い作品。割とこの手のオチは見た記憶があるが、冒頭の恋愛小説的な流れからのストーリーはなかなか。

小さな子供がもう3人もさらわれた。警察は呉田博士が犯人と目星を付ける。巡査部長の父親は、中学三年で秀才と名高い与一に、事件の概要を説明する。「少年探偵 呉田博士と与一」。少年探偵ものだが、シリーズとなっているわけではない。中学三年生というと、少年探偵というにはちょっと中途半端ではないか。内容は単純すぎて面白くない。

上記「創作篇」の他に「翻訳篇」として、リズリー・ウツド「鍵」、アンリ・ヂユヴエルノワ「ジヤックリイン」を収録。

「評論・随筆篇」として、「私の要求する探偵小説」「日本の近代的探偵小説」「愛読作家についての断片」「ブリユンチエールの言葉について」「『心理試験』を読む」「探偵小説壇の諸傾向」「ホオムズの探偵法」「雑文一束」「伊豆の国にて」「黒岩涙香のこと」「「陰獣」その他」「探偵小説の世界的流行」「作家としての小酒井博士」「ポウの本質」「江戸川乱歩」「文芸は進化するか、その他」「ヂユパンの癖とヴァンスの癖」「ヴアン・ダインの作風」「ウイツテ伯回想記その他」「あくまで厳粛な」「文芸時評ほか」「アンケート」を収録。

2003年11月、刊行。



プロレタリア文学の理論家であったが、関東大震災後は民衆不在であったと反省し、大衆文学に活路を求めたという平林初之輔。その過程で、探偵小説の批評と実作に手を染めるようになった。本作品集は主に1930年以降に発表された小説と翻訳、評論・時評をほぼ全部載せている。

「アパートの殺人」「鉄の規律」みたいに、もう少しページ数があれば面白くなるのに、と思う作品もあるが、基本的には余技だなと思わせる程度の出来でしかない。

むしろ注目すべきは、「評論・随筆篇」なんだろうが、当時の日本探偵小説界を調べようという人ならいざ知らず、近年こういう評論を読む気力が失せている私には、退屈でしかなかった。乱歩論なんか、昔に読んでいたら面白がっていただろうが。

まあ、まとめることに意義があった全2冊だろう。今までだったら、熱心な研究家による同人誌程度でしかまとめられなかったような企画が、部数が少ないとはいえ、商業出版として通ったことに感心した。