平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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甲賀三郎『甲賀三郎探偵小説選』(論創社 論創ミステリ叢書3)

甲賀三郎探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

甲賀三郎探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

私立大学生の竹友吉雄は、恋人の時子に電話をしようとしたが、気品のある美女に先に自働電話に入られてしまった。外で待っていると、女はわけのわからない言葉で喋っている。ここ数日、ある富豪に電話であらゆる国の言葉を使い脅迫する女性の話を思い出し、もしかしたらと思う吉雄。偶然聞いた電話番号を確認すると、それはなんと吉雄の伯父で、元検事の竹友吉之進の家だった。時子の件でご無沙汰だった吉之進の家に行くと、吉之進は脅されていた。しかも十数年前に裁いて死刑となった事件の被害者が生きているという手紙を元死刑囚の娘からもらっていた。「電話を掛ける女」。3回連載の短編。数奇な運命と偶然を書いたストーリー重視の作品。こういうのもありかなとは思うが、作者が甲賀三郎だと思うと推理らしい推理が無いのはかなり物足りない。

原稿料をもらったばかりの探偵小説家の土井港南は、酔っ払って一人で浅草に行った。「人殺しを見たくありませんか」という老人に誘われ家に入ると、二階に居たのは柱に縛り付けられた女の姿。老人は女の紐を切った後、短刀で刺殺した。土井はその老人に見覚えがあった。神出鬼没の怪盗・葛城春雄の手によって1か月前に脱獄した強盗犯・由利鎌五郎であった。「原稿料の袋」。甲賀三郎自身を模したと思われる土井港南シリーズの一作。巻き込まれ型の事件に意外な真相が隠れている作品。その展開自体は楽しめる。ただ、推理する間もなく事件が解決するため、ちょっと物足りない。

銀座のバーを追い出されて車に乗った作家の土井港南。着いたのは見たことのない洋館。隣りに居た見知らぬ女性に誘われ、相談を受ける。父が亡くなったが、あるはずの遺産が見つからない。家に隠し部屋があり、その中に四角い大きな鉄の箱が三つ並べられていた。しかしその中にはくだらない書類と暗号が書かれた書類しかなかった。土井は後日思い出したが、それは新聞紙上を賑わしている事件であった。遺族は死の床に居た看護婦を疑い、行方を捜したがどこの看護婦会にも所属しておらず、行方はつかめないままだった。「鍵なくして開くべし」。暗号とあるが、実際には出てこない。遺産の隠し場所トリックだが、最後に怪盗・葛城が出てくる意外な展開に。これも本格ミステリの要素はほとんど無いが、意外なオチを楽しむべき作品か。

いつものように酔っぱらった土井港南は、歩いている途中で見知らぬ女から小さな紙包みを預かる。その直後、横丁から飛び出してきた男が、紙包みを掏り取る。追いかける土井はビルディングの三階まで行き、部屋の壁から囁き声を聞く。しかし落ちていた?燭に火を付けてみても、人はいない。いや、二人の男女が息絶えていた。さらにそばには紙包みが落ちており、中からは大粒のダイヤがはまった指輪が出てきた。「囁く壁」。囁く壁のトリックはあまりにも非科学的で、解きようがないもの。むしろ事件の謎の方が面白いか。偶然に頼り過ぎだが。

昭和7年に実際に起きた「向島八つ切死体事件」、今では「玉ノ井バラバラ殺人事件」の名前の方が有名な事件の謎に、土井港南が挑む。「真夜中の円タク」。実際に挑むと言いながら推理らしい推理はほとんどなく、最後はなぜか作者が巻き込まれるという不思議な展開。それとバラバラにする動機というか理由は差別的なものなので、現在では受け入れられない。

残りは「評論・随筆篇」。「『呪はれの家』を読んで」「印象に残る作家作品」「探偵小説はどうなつたか」「探偵小説の将来」「実は偶然に」「本当の探偵小説」「エレリー・クイーンの『和蘭陀靴の秘密』」「漫想随筆」「新探偵小説論」「探偵小説と批評」「探偵小説とポピウラリテイ」を収録。

2003年12月、刊行。



戦前本格派の代表的作家として知られている甲賀三郎だが、残念ながら長編は通俗物ばかりで、本格ミステリはほとんどないといっていい。短編は理化学トリックを用いた本格ミステリが知られているが、怪奇物や犯罪物なども色々とある。今回収められた短編も、どちらかと言えば通俗物と呼ばれている範疇のものであり、正直なことを言うと肩透かしにあった気がした。やっぱり甲賀三郎には、本格ミステリを求めてしまう。もっともそれが、あまり面白くないのも事実なのだが(苦笑)。逆に言えば、今回収められた作品の方が読みやすい。例え、求めていたものとは違ったとしても。

創作篇より評論・随筆篇の方が割合が多いというのは、本のタイトルに偽りありと言いたいところだが(苦笑)。「『呪はれの家』を読んで」の『呪はれの家』は、小酒井不木の作品。ちなみにここでは、「本格」ではなく、「純正探偵小説」という言葉が用いられている。評論・随筆篇で一番長いのは、「新探偵小説論」。第一部が総論、第二部が各論、第三部が探偵小説の新傾向となっている。もちろん、書かれているのは本格派の作品の事ばかり。「探偵小説は謎の文学である」「探偵小説は決して犯罪小説ではない。推理を楽しむ小説である」「文学的要素よりも謎の要素の方が重い」などは、甲賀三郎らしい発言である。

個人的にはもっと小説の方を読みたかったが、まあそれは別の本で読めばいいか。甲賀三郎の最大の問題点は、まさにこれぞという本格探偵小説を書けなかったことだろう。もし作者がもっと「面白い」本格探偵小説を書いていれば、日本のミステリ界ももう少し変わったかもしれない。