平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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松本泰『松本泰探偵小説選II』(論創社 論創ミステリ叢書5)

上海の横井質店に現れた二人連れの支那人は、金がほしいと柳行李からたくさんの呉服を出してくる。「詐偽師」。掌編だし、終わり方は唐突。もう少し伏線があってもいいのでは。

中泉は6年前、倫敦で下宿先の娘、ネリーと恋仲になったが、老いた母親は二人の恋を許さず、中泉の母親が急死して日本に戻ったため、別れてしまった。再び倫敦を訪れ、オードレー家を訪れた中泉は、偶然ネリーと再会する。その夜、オードレーが射殺された。「死を繞る影」。運命の再会を果たした恋人たちのロマンスの方が興味深い作品。本編のカクストン探偵は、「三つの指紋」「日陰の街」にも出て来るとのこと。

浅田が目を覚ますと、隣の家に泥棒が入ってお婆さんが殺されたという。そして妻の素振りに浅田は不信を抱く。「秘められたる挿話」。うーん、取り立てて言うことのない作品。

森口に誘われて青海ホテルに泊まった橋本は、赤城夫人の指環を盗もうと部屋に忍び込むも、中で見たのは死体となった赤城夫人と、血の付いたタオルを持った森口だった。「死は死を呼ぶ」。珍しい本格もの。推理があるというわけではないが、意外な犯人という設定が興味深い。

毎週金曜日、貿易商の邸宅に片方の目玉を抉った動物の死体が投げ込まれるという。女中は警察へ届けたが、肝心の主人は悪戯だろうと警察を追い返す。「黒い金曜日」。書き方によってはもっと長く書けただろうに。最後が関係者の告白で終わるというのは勿体ない。

横浜の貿易店で顔面を粉砕された裸の死体が見つかる。歯科医は歯形から社長だと言うが、経営者の一人は、社長は10日前に上海に行ったはずだし、体型も違うと言い張る。「付鼻」。顔のない死体ものだが、死んだはずの男が生きているという展開は面白い。

結婚10年目でやっと生まれた子供が、女中が乳母車に載せたわずかな隙に攫われた。主人は警察とは別に知り合いの私立探偵に捜査を依頼する。「嗣子」。よくある話だが、当時としては珍しかった題材なのだろうか。

アパート清風荘で、倉林が鍵のかかった自室で殺害された。倉林は方々の女性に手を出すのみならず、アパートの娘珠子にも手を出していたので、同居人の志津田と喧嘩になっていた。死体を発見した志津田に容疑がかかるが、志津田と付き合いのある森波津子は事件の真相を探り出す。「清風荘事件」。密室殺人ものだが、トリックは簡単なもの。むしろ、関係者を取り巻く裏話の方が面白い作品。

貧乏発明家の睦夫は踊子の千鶴子と付き合っていたが、千鶴子は睦夫の伯父で実業家の葛木惣平の囲われ者だった。鉢合わせした睦夫が千鶴子の部屋を飛び出した夜、惣平は公園のベンチで毒殺された死体となって発見される。遺産相続人で借金もある睦夫に容疑は当然かかる。「毒杯を繞る人々」。動機や状況証拠がそろっている男を、元婚約者や友人が足取りを追って容疑を晴らそうとする。うまく描けばタイムリミットものの捜査小説になったであろうが、当時の出版事情はそこまで書けなかっただろう。それに、作者にその気もなかったに違いない。

仕事で遅くなった午後11時、細川は帰ろうとエレベータのボタンを押すと、開いた箱の中に胸元が血に染まった男が倒れていた。そこに会社へ電話がかかってきて、慌てて戻って受話器を取るも切れてしまい、警察に電話しようとしても故障している。エレベータに戻ると箱は下がっていた。階段で下に降りると、酔っ払った友人二人が細川を待ち構えていた。これは悪戯だったのかと思い、二人を避けて家に帰る細川だったが、門のところで二人組に襲われるも、通りかかった巡査たちに助けられる。そして翌日、急遽会いたいと会社の資本主の夫人から呼ばれた細川は熱海の旅館まで来るも、夫人は現れなかった。不思議に思いながら東京に帰る列車の中で読んだ新聞に、エレベータの死体について書かれていた。しかもその死体は、会ったことは無かったが資本主であった。「昇降機殺人事件」。非常に面白い出だしなのに、どんどんチープな展開になっていったのは勿体ない。

【評論・随筆篇】には「『三つの指紋』はしがき」「探偵物の創作にナゼ?傑作が出ないか」「『松本泰集』自叙」「自伝」「初夏の一頁」「雑草を毟る」「探偵小説は廃れるか」「探偵小説の流行」「探偵小説に就いて」「少年の探偵癖に就いて」「毀された家」「吾が探偵雑誌の思い出」「アンケート」(二編)を収録。

2004年3月、刊行。



『松本泰探偵小説選I』に続いてまとめられた一冊。前作に比べると、少し読み応えのある作品があるものの、やはり一篇が短く、読んでいて物足りない。ここで筆を使えば、もっと読み応えのある面白い作品に仕上がるのにと思われる作品が多く、実にもったいない。この人にミステリの長編を書かせてみたかった気がする。