平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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稲見一良『ダック・コール』(ハヤカワ文庫JA)

ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

石に鳥の絵を描く不思議な男に河原で出会った青年は、微睡むうち鳥と男たちについての六つの夢を見る――絶滅する鳥たち、少年のパチンコ名人と中年男の密猟の冒険、脱獄囚を追っての山中のマンハント、人と鳥と亀との漂流譚、デコイと少年の友情などを。ブラッドベリの『刺青の男』にヒントをえた、ハードボイルドと幻想が交差する異色作品集。"まれに見る美しさを持った小説"と絶賛された第四回山本周五郎賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

第二話「パッセンジャー」(『ミステリマガジン』1990年6月号掲載)、第六話「デコイとブンタ」(『奇想天外』1989年第10号掲載)に書下ろしを加え、1991年2月、早川書房より単行本刊行。1994年2月、文庫化。



CMプロダクションに勤めるカメラマンの若者は、大金をかけた市のPR映画でラストシーンとなるビルの間に昇る太陽を撮るという仕事を任されたが、日本では珍しいシベリヤ・オオハシシギを見かけてしまい、そちらにカメラを向けてしまう。「第一話 望遠」。本人の感動と世間のギャップの違いを描いた作品のように思える。世間の冷たさを如実に描いたような内容で、どうも好きになれない。

猟の失敗で仲間外れになったサムは、村同士が仲の悪いサザンビルの村へ猟へ行ったが、そこで何万羽という鳩の群れに出会う。サムは森にとまった鳩を銃を撃ち続け、何羽も撃ち落とすも、サザンビルの村の連中がやってきた。慌てて隠れるサム。鳩の大量虐殺が始まった。20世紀初めに絶滅したリョコウバトの話。「第二話 パッセンジャー」。人間のエゴイズムを見せつけられているような一編。人は簡単に残酷になれるのだと思わせられると、少々憂鬱になる。

二度のがん手術の後、早期退職してキャンピングカーを買った私は、ボウガンやアーチェリーで鳥の密漁を試みるが失敗ばかり。そんなある日、パチンコで器用に鳥を撃つ、少年ヒロと出会う。二人の奇妙な付き合いが始まった。「第三話 密漁志願」。初老の男と少年の心の触れ合いを描いた傑作。素直に心に染み入ります、これは。

州刑務所から4人が脱獄した。そのうちの1人がたまたま家に忍び込んだところを捕まえた日系二世のケン・タカハシは、アル・ダンカン保安官に誘われ残り3人を捕まえるためのパーティーに参加する。脱獄を仕掛けたオーキィは、ナバホ・インディアンの酋長の後裔だった。「第四話 ホイッパーウィル」。脱獄班を追うハードボイルドな展開から、最後は意外な感動物語で終結する。ケンとアルとの心の触れ合いもさり気なく、それでいて染み入るような描かれ方がが絶妙。これまた傑作。ちなみにホッパーウィルとはヨタカの一種。

南シナ海の真っただ中、漁船が燃え海の中に源三は放り出された。潮の流れに身を任せて浮かんでいたが、2m以上の大きなオサガメが伸ばした首を厚い板に載せて泳いでいるところを見つけた。「第五話 波の枕」。自然の神秘と、海の長老とでも言いたくなるような亀の懐の大きさを書いた作品。海はまだまだ神秘に充ち溢れている。

俺はダック・デコイ。鴨をおびき寄せる罠として作られた、木の鴨である。去年の秋、池で使われたまま捨てられ、岸辺に押し流されてしまった。不法行為で池の水は枯れて干からび、泥に埋まっていた。そんなデコイをブンタが拾った。ブンタは虐められ、登校を拒否していた。「第六話 デコイとブンタ」。結構暗い内容を含む作品だが、最後は閉じ込められた大観覧車からの脱出という意外な展開と感動が待っている。

ダック・コール”とは鴨笛のこと。本編に鴨笛は出てこないが、青年が石に描かれた鳥の絵を見て、青年は鳥にまつわる6つの夢を見る。表題にある通り、ハードボイルドを幻想が交差する不思議な作品が並ぶ。自然というものに触れるときの奇妙な感情と不思議な暖かさ。それがまた、心に染みてくる。言葉にできない感情が、ここにある。全てを通して読むと、本当に傑作な短編集であると感じる。

何で今まで読まなかったのだろうと、自分の見る目の無さにあきれる。それでも、今読めたからいい。傑作であるし、誰かに読んでもらいたい一冊である。