平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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笹沢左保『セブン殺人事件』(双葉文庫)

セブン殺人事件 (双葉文庫)

セブン殺人事件 (双葉文庫)

新宿淀橋署の宮本刑事部長と、本庁から来た佐々木警部補。年齢も容姿も経歴も好対照の2人は、その名前から「宮本武蔵佐々木小次郎」にたとえられるライバル同士だ。そんな異色の凸凹コンビが7つの難事件に挑む。どんなときも、2人の推理は真っ向から対立、はたして正しいのはどちらか? 息もつかせぬ展開、綿密なトリック、思いもよらない結末と、推理小説の神髄が味わえる7編を収録。(粗筋紹介より引用)

1980年5月、実業之日本社より刊行。2016年6月、双葉文庫化。



タイトルの通り、7つの短編が収録されている。

一代で一流企業に匹敵する実力を得た通信機器企業社長の秘書が殺害された。凶器は、社長の家から盗まれた日本刀。社長の妻は交通死亡事故を起こし、昨年自殺。息子も家を出て行っていた。そして交通事故で死んだ夫婦の娘は、息子の車に日本刀があったと証言。ただし、息子にはアリバイがあった。「日本刀殺人事件」。

芸能誌の敏腕女性記者の夫が日曜日昼間、マンションの部屋にて包丁で殺害された。隣では4歳の息子が何も知らず遊んでいた。夫はかつての人気歌手にそっくりという以外取り柄のない主夫であった。女性記者は取り調べで、ドライブを勧めた浮気相手のホステスが三重衝突事故を起こしたことにショックを受けていたこと、事件当時は常連の喫茶店で仲の良い弁護士にそのことを相談していたと話し、他殺だとは思わなかったと話した。「日曜日殺人事件」。

都内で三軒の店を切り盛りする人気美容師が自室マンションのベランダで昼間、鈍器により撲殺された。倒れている彼女を発見したのは、駐車場を挟んだ隣のマンションに住む美容師の恋人とその友人。恋人はかつての甲子園優勝投手で、今は二軍投手であり、友人は捕手だった。死亡したのは発見から30分前だったが、二人は朝からずっと一緒だった。しかも美容師は、恋人と別の男性と性関係を持った痕があった。「美容師殺人事件」。

ホテルの結婚式に参加していた警部補一家。そこへ名古屋での強盗殺人事件の容疑者が逃走の末、ホテルに逃げ込んだ。警察から席を立たないようにとの指示があったが、娘がトイレに席を外していたこともあり、警部補は席を立って式場を出た。警官たちは容疑者を追いつめたが、四階の廊下の途中で見失った。四階から三回に降りる階段の踊り場にいた警部補は、誰も見かけなかったと追っ手の係長に答えた。四階のどの部屋にも容疑者はいないため、係長はもう一度話を聞こうと思ったが、警部補は階段のそばにある控室で殺害されていた。さらに三階のトイレでは、警部補の娘も殺害されていた。凶器はいずれも短刀で、容疑者の指紋が付いていた。「結婚式殺人事件」。

侠気があって周囲から頼られている電機会社社員の男は、常務から頼まれ5年前に行き遅れの娘と結婚したが、妻は容姿が醜く性格は悪くプライドだけ高く、しかもセックスも子供も嫌い。仲は当に冷え切っていた。そんな妻が土曜日の夜、殺害された。死体のそばには、萎れた山百合が置かれていた。当然夫が疑われたが、夫には土曜の夜から日曜に掛けて大学時代の友人と軽井沢の別荘にいたアリバイがあった。「山百合殺人事件」。

売れっ子俳優夫婦の一人娘にも関わらず地味で目立たなかった19歳の娘が、前科三犯で指名手配中の強盗を捕まえたと大きなニュースになった。それから1か月後、仲の良い従妹とドライブ中、彼女は別の車にずっと追跡された。警察に届け出たときたまたま記者と遭遇し、こちらも大きなニュースとなった。さらに1か月後、夫婦の家に用心棒として住み込んでいる青年が絞殺された。「用心棒殺人事件」。

同一犯による放火が相次いだ。しかも、放火された家の近くで現金も必ず盗まれていた。未だ犯人が捕まらない状況で、警察に若い女性から紺屋放火するという予告電話が来るようになり、しかもその通りに放火が続いた。放火現場に落ちていた病院の薬袋から、一人の男が容疑者として浮かび上がるが、男の周囲には女性の影は無かった。「放火魔殺人事件」。



警視庁捜査一課の佐々木冬彦警部補32歳と、淀橋署捜査一係の宮本清四郎部長刑事40歳は仲が良いが、事件となると意見が対立することが多く、周囲は名字から武蔵と小次郎などと揶揄していた。

殺人事件が起き、容疑者が浮かび上がるも、アリバイなどがあるため、誰が犯人か、佐々木と宮本が対立するというパターンになっている。対立といっても、単なる意見の違いでしかなく、けんか腰になるわけでもなく、事件によっては相手の意見を聞いて自分の主張を補完している場面もあるぐらいなので、ライバルの対決というほどの迫力はない。

7つのうち4つがアリバイもの。とはいえ凝ったトリックがあるわけでなく、容疑者の周囲を調べていたら解決した、なんてものも多いため、本格ミステリとしての醍醐味はほとんどない。「結婚式殺人事件」は消失トリックだが、これも登場人物の少なさから容易にストーリーが読めてしまう。「用心棒殺人事件」に至っては、推理すらない。「放火魔殺人事件」もただ捜査していたら犯人がわかりました、というだけの作品である。

いずれも淡々と書かれており、一応は読者を飽きさせない程度の書き込みこそあるが、心に残るかといわれると、読み終わったらほとんど忘れてしまいそうな作品ばかりとしか言いようがない。プロの作者が仕事で埋めた、そんな作品集である。どれか1つと言われると、動機が異様な「美容師殺人事件」だろうか。

帯には「書店員が選んだもう一度読みたい文庫ミステリー部門第1位」とある。“書店員が選んだ”という惹句も今では当てにならないことがあるが、それを証明するような一冊だった。