平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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エド・マクベイン『被害者の顔』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

夏が近づくころ、夕方の街はいっとき静まり返る――アニイ・ブーンが殺されたのもそんな夜だった。酒屋のガラスの飛散したフロアにうつ伏せに倒れた彼女の周囲は一面血の海だった。バート・クリングは被害者の身許を洗っていった――丹念に忍耐強く。そして、明らかになったのは被害者の複雑な顔だった。貞淑な妻、優しい母、インテリ女性、情婦、酔いどれ……。どの顔が残忍な殺人者を招いたのか? しかし容疑者はいずれも堅固なアリバイを持っていた。

警察活動の実態をセミ・ドキュメントな手法で描く好評の<87文書シリーズ>(粗筋紹介より引用)

87分署シリーズ第5作。1958年発表。



架空の街アイソラを舞台とした87分署シリーズ第5作。レギュラーキャラクターとなるコットン・ホース二級刑事初登場作品。逆に過去作品で登場していたロジャー・ハヴィランド警官が殺害されている。ただしその事件の方はメインではなく、中心に書かれるのは酒屋の女性店員が殺害された事件である。殺害された女性の人物像が、夫や店長、友人などによって全く異なるという展開であり、邦題もそれを意識して付けられているが、ありきたりな展開といってよく、そこに面白さがあるとは言えない(といっても、書かれた当時ならあまりない展開だったのか?)。動機のある人にはみなアリバイがあるという展開が待ちかまえているが、もう少し丹念な捜査をすればこの程度のトリックなどすぐに見破れたんじゃないかと思える。

むしろこの作品の面白さは、比較的平和な街の分署から転任してきたコットンのドタバタ奮闘ぶりだろう。いきなりの失敗と、その後の頑張りについては思わず応援したくなる。

87分署シリーズのよいところは、レギュラーキャラクターの背景を把握していなくてもそれなりに読むことができるところと、適度な厚さ。この作品のばあい、被害者の背景を捜査する展開ばかりで、途中にハヴィランド殺害の捜査を追う展開が交差するとはいえ、これ以上捜査の話ばかりされてもつまらなくなる、という寸前で事件の終結を向かえるから助かる。

まあ、空いた時間を潰すように読むには十分に楽しく、そして読み続ければレギュラーに愛着がわき、いつしかはまってしまう。そんなシリーズである。