- 作者: 開高健
- 出版社/メーカー: 毎日新聞社
- 発売日: 1976
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1962年、毎日新聞社より刊行。
本書のモデルとなっているのは、冤罪事件として有名な徳島ラジオ商殺害事件。戦後初めて、死後再審による無罪判決が言い渡された事例である(その後も1件しかない)。
本書は事件の発端から裁判が終わり、当時の店員から偽証であったことを引き出し、再審請求するところまでが書かれている。登場人物はすべて仮名。警察、検察、そして被告側の双方の言い分を書いてはいるものの、やはり無罪であるという印象の方面からの筆致となっている。
事件そのものや裁判の経過、冤罪が晴れるまでの過程についてはここでは書かない。本書は、市井の片隅に住む人たちが陥った迷路について書かれたものであり、犯人とされた被害者の妻だけでなく、その家族、そして警察に無理やり偽証をさせられ人生が狂った二人の店員についても書かれている。巨大な権力、そしてマスコミ、さらに世間の眼にさらされ続けた人たちの苦しみと悲しみが克明に描かれている。
冤罪というものはいかに恐ろしいものなのか。しかし、それだったらノンフィクションでもいいだろう。いったい作者はなぜこの事件を取り上げたのだろうか。本書には冤罪を訴えるというようなメッセージ性は感じられない。だったら実在の事件をモデルにする必要はないはずだ。残念ながら本書からは、作者の明確なメッセージを読み取ることができなかった。また、本事件は後に無罪判決が出ている。作者は書き足すことは考えなかったのだろうか。
本書は様々出版社から出ているが、最近では2009年に創元推理文庫から出版されている。翻訳ミステリの老舗であり、新しい本格ミステリ作家を生み出している東京創元社が、なぜこの本を復刊したのかがよくわからない。わからないことだらけの一冊である。