平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

佐野洋『檻の中の詩(うた)―ノンフィクション・布川事件』(双葉文庫)

檻の中の詩―ノンフィクション・布川事件 (双葉文庫)

檻の中の詩―ノンフィクション・布川事件 (双葉文庫)

昭和42年茨城県で起きた強盗殺人事件(布川事件)は物的証拠が全くなく、目撃証言も極めてあやふやであるにも拘わらず、無期懲役が確定した。二人の青年が獄中で書いた詩や手記をもとに彼らの人間性を浮かび上がらせ、事件の冤罪性を鮮やかに描いた旧版に、仮釈放及び新証拠の発見から第二次再審請求に至る経緯を加筆。(粗筋紹介より引用)

『小説推理』(双葉社)1993年1〜8月号に連載され、加筆修正後、1993年11月に単行本として発売。1994年11月に文庫化された。本書は文庫版を一部訂正し、第九章を加筆して2002年3月20日に刊行された増補版である。



佐野洋は1974年5月、杉山卓夫から、自分たちの無実を晴らすために力を貸してほしいという手紙を受け取った。佐野は救援組織と連絡を取り、現地調査や弁護士の話を聞いた結果、桜井、杉山の二人は無実であると確信するとともに、自分の出る幕はないと思う。ところが最高裁は二人の主張を退け、刑が確定。第一次再審請求も棄却されたとき、佐野は本書の執筆を決意する。

最初の単行本および文庫本は第八章で終わり、二人の仮釈放を訴えて終わっていた。増補版は文庫本から2年後に仮釈放が実現したこと、二人のその後、そして第二次再審請求の主要点を紹介している。

内容としては、佐野らしい丁寧な調査と鋭い視点で、本事件の検察側の主張や裁判所の決定に疑問を挟んでいる。事件、裁判の進行を時系列で記すとともに疑問点を挟むことで、この事件における矛盾点がより詳細に浮かび上がる形になっている。

ただし佐野は、裁判の結果に怒りつつも冷静に文章を綴っている。無罪主張を訴える団体、弁護士らが書くノンフィクション等と違う点はそこだ。元新聞記者であり、作家である佐野ならではの作品だろう。

布川事件は古くから冤罪を指摘されていた事件であり、支援者も多かった。しかし、再審までの道のりは遠かった。事件から再審無罪まで44年というのは、戦後の再審無罪事件では最長である。裁判所からも検察からも、謝罪の言葉はなかった。

できれば佐野には、無罪となるまでの道のりを書いたさらなる増補版を書いてほしいところであったが、それはかなわぬ夢となってしまった。