- 作者: シリル・ヘアー,佐藤弓生
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 1995/01
- メディア: 単行本
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雪に降り込められたカントリー・ハウス、一族を集めたクリスマス・パーティーの夜、事件は起った。病の床につく老貴族、ファシストの青年、左翼系の大蔵大臣、政治家の妻、伯爵令嬢、忠実な執事と野心家の娘、邸内には事件前から不穏な空気が流れていた。
地域を襲った大雪のため、周囲から孤立した状況で、古文書の調査のため館に滞在していた歴史学者ボトウィンク博士は、この古典的英国殺人事件に如何なる解決を見いだすか。
「クリスティーの最上作を思わせる」傑作と呼び声高い、英国ミステリの伝統を継ぐ正統派シリル・ヘアーの代表作。(粗筋紹介より引用)
1951年、刊行。1995年1月、翻訳。
『法の悲劇』などの傑作で名高いシリル・ヘアーの1951年の作品。解説によると、元々はラジオ用の戯曲だったものを小説化したとのこと。舞台は第二次世界大戦直後で、被害者となるロバート・ウォーベックは、ネオ・ファシスト党(Wikipediaだとイギリス・ファシスト同盟)の指導者であるサー・オズワルド・モーズリーをモデルとしているとのこと。さらにウォーベックは、1490年代にリチャード四世を自称した詐称者のパーキン・ウォーベックが祖となっている。
いわゆる「雪の山荘」もので、大雪で孤立した屋敷の中で事件が発生する。青酸カリを飲んで亡くなったのは、「自由と正義連盟」の指導者でウォーベック卿の一人息子であるロバート。もっとも事件が起きるのは話の中盤ぐらいで、それまでは人物紹介と人間関係の説明が中心となっており、退屈に思う人が居るかもしれない。この辺が「英国風」なのかな、などと最初は思っていたら、実は全然違うのだが、それは後の話。さらに病床のウォーベック卿は誰かに息子の死を知らされたためショックで亡くなってしまい、さらには来客である政治家の妻のカーステアズ夫人も青酸カリを飲んで亡くなってしまう。特に難しいトリックがあるわけでもなく、ロバートとカーステアズ夫人の死は他殺だとしたら誰でも殺害可能。いったいどうやって結末に持っていくのかと思ったら、最後に外国人の歴史学者、ボトウィンク博士が「英国風」な殺人の謎を解きあかす。この事件の動機には素直に感心した。ただ「英国風」とある通りある知識を必要とするため、日本人には説明されないとさっぱりわからないもの。その点をどう思うかがこの作品の評価の要だろうが、私は素直に面白く感じた。たぶんイギリスなら歓声を上げるところかもしれない。
真相を知って改めて作品を振り返ってみると、実に巧妙に伏線が貼られていることに気付く。事件の謎を解いたのが、ヘアーのシリーズ探偵であるマレット警部や法廷弁護士フランシス・ペティグルーではなく、外国人のボトウィンク博士であるところも巧い。作品の視点はボトウィンク博士であり、外国人から英国らしさを語らせる構成が、より「英国風」を浮かび上がらせる。
実のところ、犯人であるという証拠はほとんど無く、ほとんど動機だけで犯人を突き止めてしまっている。正直に言って、大きな弱点だろう。本格ミステリに、英国人以外にとっては特殊な知識を必要としている点については、アンフェアだという人が居るかもしれない。それでも面白い作品であることは疑いもない。ただ、『法の悲劇』と比べたら、そちらの方が上かな。