平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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佐野広実『わたしが消える』(講談社)

わたしが消える

わたしが消える

  • 作者:佐野 広実
  • 発売日: 2020/09/30
  • メディア: 単行本
 

 元刑事の藤巻は、医師に軽度認知障碍を宣告され、愕然とする。離婚した妻はすでに亡くなっており、大学生の娘にも迷惑はかけられない。ところが、当の娘が藤巻の元を訪れ、実習先の施設にいる老人の身元を突き止めて欲しい、という相談を持ちかけてくる。その老人もまた、認知症で意思の疎通ができなくなっていた。これは、自分に課せられた最後の使命なのではないか。娘の依頼を引き受けた藤巻は、老人の過去に隠された恐るべき真実に近づいていく……。「松本清張賞」と「江戸川乱歩賞」を受賞した著者が描く、人間の哀切極まる社会派ミステリー!(帯より引用)
 2020年、第66回江戸川乱歩賞を受賞。加筆修正のうえ、2020年9月、単行本刊行。

 

 作者は1999年、島村匠名義の『芳年冥府彷徨』で第9回松本清張賞を受賞してデビュー。2004年までに10冊近くの著書があるよう。2019年、「シャドウワーク」で第65回江戸川乱歩賞最終候補に残る。
 20年前に上司の汚職事件を追っている途中で逆に罠にかかって刑事をやめ、今はマンションの管理人をしている主人公の藤巻智彦。娘の裕美に依頼され、実習先の特別養護老人ホームに置き去りにされた老人の過去を探ることになる。
 元々プロであり、文章はしっかりしている。地味な展開だが、老人の過去を探す前半は読んでいて面白かった。ところが、黒幕が徐々に出てくる後半はいけない。指摘を受けて直せるところは加筆修正したようだが、貫井徳郎をはじめとする選評委員が上げた問題点はごもっとも。素人の私が読んでもおかしいと思うし、はっきり言って不自然でつまらない。さすがに物語の根幹にかかわる部分は直せなかったのだろう。貫井の言う「ファーストチョイスがおかしい」というのが一番正しい。昔の出来の悪い推理小説を読んでいる気分になった。綾辻が「フィクションとして目を瞑っていいのではないか」というのが、選評委員の本音だと思う。貫井の言うとおり、受賞作無しでよかったんじゃない。
 事件名は出ていないが、読んだらすぐにわかる実在の重大事件が一部で使われている。ここまで露骨に、裁判結果と違う真相を出してくるのもどうかと思う。それだったら、架空の事件を作ればいいじゃないかと思った。別に実在の事件を使う必然性はかけらもないのだから。こういうところで実在事件を持ち出し、作品にリアリティを与えようとしているのでは駄目だよ。ただの手抜き。事件関係者に失礼。
 作者はインタビューではっきりと、売れなかった、と言っている。これじゃ正直言って厳しかったんじゃない、と言いたくなるような出来だった。帯を見た時に気づくんだったね。「綾辻行人氏、推薦」だから。絶賛じゃないんだよ。これを選ぶしかないぐらい、今年は不出来だったのだろう。