平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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栗本薫『絃の聖域』上下(講談社文庫)

絃の聖域 (上) (講談社文庫)

絃の聖域 (上) (講談社文庫)

絃の聖域 (下) (講談社文庫)

絃の聖域 (下) (講談社文庫)

人間国宝長唄の家元・安東喜左衛門の邸内で一人の女弟子が殺された。現場の状況からみると犯人は内部のものだ。二代にわたって妾を邸内に住まわせているこの旧家には、夫婦・親子が互いを犯人と名指し合う異様な憎悪が渦巻いていた……。奔放華麗な物語手法で、芸に生きる人間の悲劇を描いた本格推理長編!(上巻粗筋より引用)

第二の犠牲者となった番頭横田が握りしめていた譜本の切れ端。周辺の人物ばかりが殺され、犯行の動機すら不明のまま捜査は暗礁に乗りあげる。そして、禍々しい惨劇の予感を孕んで安東流大ざらえの日が近づく――。名探偵伊集院大介が初登場して颯爽と謎を解く解決編。第二回吉川英治文学新人賞受賞の傑作。(下巻粗筋より引用)

幻影城』1978年9月号〜1979年5月号まで連載。1980年8月、講談社より刊行。1981年、第2回吉川英治文学新人賞受賞。1982年12月、文庫化。



後に栗本薫の重要なシリーズキャラクターとなる、伊集院大介初登場作品。とはいえ、本作における伊集院の影は薄く、主眼となっているのは、長唄の家元である安東家における愛憎劇と、芸に対する妄執、そして安東家そのものに対する束縛の世界。

それにしても安東家の人間関係が酷すぎ。家元喜左衛門は妻と別れて妾と同居している。娘の八重は、喜左衛門の命令で結婚させられた婿養子の喜之介を嫌い、弥之介という愛人がいる。喜之介は女遊びに繰り、さらに友子という妾を邸内に囲っている。八重の娘である多恵子は弥之介に惚れており、息子である由起夫は、友子の息子である智と同性愛の関係。どことなく横溝正史を思わせるような、愛憎劇渦巻く屋敷内での連続殺人事件なのだが、筆致がどことなくドライに感じるのは、書いた時代の差だろうか。

名探偵として登場する伊集院大介も、上巻では全くといっていいほど動きを見せず、下巻になってようやく動き出すのだが、金田一耕助ほどの人間的魅力は感じられず、警察がさっさと追い出さないのが不思議なくらい。

栗本薫が、横溝正史と本格探偵小説の世界に浸ることなく、溺れないようにしてその世界を描ききろうとして、かえって醒めたものとなってしまった感がある。舞台の描写は巧いところが、さらに拍車をかけている。謎解きそのものは悪くないのだから、かえって大時代的に構えて書いた方が、面白く仕上がったのではないだろうか。

今更ながらこの作品を読んでみたのだが、どうも肌に合わない。止めておくべきだったか。