平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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今村昌弘『屍人荘の殺人』(東京創元社)

屍人荘の殺人

屍人荘の殺人

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究会の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。

緊張と混乱の一夜が明け――。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった……!! 究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り、謎を解き明かせるか?! 奇想と本格が見事に融合する選考員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作。(粗筋紹介より引用)

2017年、第27回鮎川哲也賞受賞。同年10月、単行本刊行。



タイトルがあまりにも新本格、という感じだったので、なんとなく手に取るのをためらっていた一冊。登場人物が大学生だし、夏休みのペンションというのもベタな展開だし、などと思って軽視していた。久しぶりの連休となったので手に取ってみたら、これが傑作だった。なぜ、もっと早く手に取らなかったんだ! 嗅覚が衰えるのもほどがあるだろう、自分。

とはいえ、粗筋紹介以上の粗筋を書くのが難しい作品。選評でも加納朋子がわざわざ○○○と書くぐらいだし。今なら十分に有り得る、クローズサークルの設定。これを思いついただけでも拍手したい。しかも極限の状況で繰りひろげられる連続殺人。不可能殺人、密室殺人など、本格ミステリファンなら泣いて喜ぶ設定が、これでもかと迫ってくる。一つの証拠から容疑者が次々に消えていき、論理的に導き出される犯人。歓喜喝采である。死体を動かすことができるのか、となどいった細かい点まできちんと考えられている点に感心する。ホワイダニットを探偵が重視するのに、犯人の独白まで解けないホワイがあるのも奮える。しかもこれにサスペンス要素が加味されているからたまらない。

登場人物の設定も巧いし、描写もよくできている。所々で差し込まれるラブコメ要素はいい息抜きになっており、読者の肩の力を抜く効果になっている。リーダビリティは抜群。多すぎる登場人物を勘案してか、語り手である主人公と探偵の会話を通し、登場人物のおさらいをしている点は心憎い。本当に作者は新人か、と疑いたくなるぐらい、よく描けている。しかも

さらに本作品のすごいところは、人工的装飾が見受けられない点。今まで現実には一度も起きていない設定なのに、実際に起きたかのようなナチュラルな描き方をしている。本格ミステリにはどこか現実離れした不自然な点が見受けられることが多いが、本作品にはそれが見当たらない。事件の背景から発端、そしてトリックや動機に無理も無駄もない。これは本当にすごいことだと思う。実際のところ、最後の殺人はちょっと疑問符(固まらないのか?)があったのだが、些細なところだろう。

今年読んだ本の中でベスト。大を付けてもいいぐらいの傑作。本格ミステリ大賞、間違いなし(他を読んでいないが)と言いたくなるぐらいの作品。オールタイムベストに選ばれてもおかしくはない。ちょっと出遅れたが、これを今年中に読めて本当によかった。大満足。これがあるから、ミステリを読むことは止められない。これはシリーズ化してほしいなあ。

それにしても、この大傑作を相手に「第4回(近藤史恵貫井徳郎)以来の激戦」と書かせる他の候補作は、一体どんな出来なんだろう。優秀作の一本木透『だから殺せなかった』もぜひ読んでみたいし、左義長『恋牡丹』も非常に気にかかるところである。

読み終わって検索してみたら、文春、このミス、本ミス1位の三冠だと。凄いわ、本当に。