平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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森村誠一『密閉山脈』(角川文庫)

密閉山脈 (角川文庫)

密閉山脈 (角川文庫)

約束の九時が過ぎた。貴久子は何度も合図をくりかえしたが、K岳山頂からは何の応答もない。<もしや、あの人の身に……> 重苦しい不安が次第に彼女を押し包んでいった。――その時、遂にみかん色の灯が山頂に灯った。だが、それは二人が誓った愛の信号ではなく、絶望的なSOSだった……。

翌日、K岳頂上付近で、半身雪に埋もれた男の死体が発見された。遭難死か? しかし、死者は海外登山の経験も豊富なベテラン登山家で、事故死に疑問が残った。そして徹底的な調査の結果、ヘルメットの破損部分に重大な事実が!

北アルプスの高峰に密室を構築、森村誠一の本格推理最高傑作。(粗筋紹介より引用)

1971年2月、<乱歩賞作家書下ろしシリーズ>第一回として、講談社より単行本刊行。1976年6月、角川文庫化。



森村誠一の長編第五作。初期の長編は本格ミステリに挑む意気込みが強く、いずれも読みごたえがあるのだが、なぜかこれは読み落としていた。

恋人に捨てられ自殺目的で山に入った湯浅貴久子は、遭難死寸前のところを下山中の影山隼人と真柄信二に助けられる。二人とも美しい貴久子にアプローチするも、いつしか貴久子は影山と付き合うようになる。そしてプロポーズの返事をしようとした旅行先の登山で、影山は落石と思われる事故で亡くなる。遭難救助隊の熊耳敬助警部補は、事故死ではなく殺人ではないかと疑問を抱く。しかし他の誰かが登山した痕は無く、そして下山に必要なライトも夜は光っておらず、さらに早朝には救助隊がすでにいたから、下山することは不可能であった。すなわち、山頂は密室状態にあったのだ。喜久子も熊耳も動機のある真柄を疑うも、犯行は不可能だった。

主要登場人物は貴久子と影山、真柄、熊耳しかいなく、はっきり言ってしまえば犯人は真柄しかいない。しかし、どうやって犯行に及ぶことができたのか。一応アリバイトリックもあるものの、メイントリックは山頂という開かれた密室での殺人である。スケールの大きい密室なのだが、問題はトリックが今一つなところ。丁寧に舞台は書かれているのだろうが、推理するのも難しいと思う。謎が明かされる部分を読んで、そんな単純な方法なの、とちょっと失望してしまった。悪い意味で、騙された気分になった。

まあ、貴久子というヒロインをめぐる葛藤などは読んでいて楽しいし、運命に翻弄されるヒロインでありながらも実はヒロインに翻弄されているのは周りの男たちという逆転劇も悪くない。なんだかんだ言って、力が入っていることが分かる一冊であった。