平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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陳舜臣『三色の家』(講談社文庫)

三色の家 (講談社文庫 ち 1-7)

三色の家 (講談社文庫 ち 1-7)

海岸通りでひときわ目立つ三色の建物は海産物問屋の同順泰公司である。ここの三階にある干場でコックの杜自忠が殺された。出入り口二ヶ所には家人がいたのに全然気付かぬという。杜の人生は苦難に満ちていた。公司の人生は苦難に満ちていた。公司の主人の親友である陶展文の鋭い推理と調査が始まる。神戸を舞台にしてのびやかに描く長篇推理。(粗筋紹介より引用)



陳舜臣の乱歩賞受賞作『枯草の根』に登場した陶展文が登場するが、舞台はぐっと遡り、昭和8年である。『枯草の根』に登場したときの重みこそないが、鋭い推理力と暖かい視点は全く変わっていない。

今みたいな“分厚い”長編が書けなかった時代だったからだとは思うが、戦前の神戸という舞台なのに、描写が短すぎる。舞台や登場人物を簡単に説明したと思ったら、アッという間に事件が起きる。舞台の雰囲気を楽しむことなく、人物の動きを把握することなく。シンプルイズベストというのが私の評価点の一つなのだが、あまりにもシンプルすぎるのは物足りない。もっとページがほしかったところである。

事件の謎そのものもまたシンプル。陶展文の推理はあるものの、どちらかといったらネオ・ハードボイルドに近い味があるかもしれない。事件の謎と同時に人の心の謎を追いかけるというか。推理による結末は、殺人事件にも関わらず爽やかさが感じられる。苦悩による闇がいっぺんに消えてなくなった、そんな爽快感である。そこにあるのは陶展文を初めとする登場人物の、そして作者の暖かさである。

もっと長い枚数で読んでみたかった。