- 作者: 陳舜臣
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1978/12
- メディア: 文庫
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陳舜臣の乱歩賞受賞作『枯草の根』に登場した陶展文が登場するが、舞台はぐっと遡り、昭和8年である。『枯草の根』に登場したときの重みこそないが、鋭い推理力と暖かい視点は全く変わっていない。
今みたいな“分厚い”長編が書けなかった時代だったからだとは思うが、戦前の神戸という舞台なのに、描写が短すぎる。舞台や登場人物を簡単に説明したと思ったら、アッという間に事件が起きる。舞台の雰囲気を楽しむことなく、人物の動きを把握することなく。シンプルイズベストというのが私の評価点の一つなのだが、あまりにもシンプルすぎるのは物足りない。もっとページがほしかったところである。
事件の謎そのものもまたシンプル。陶展文の推理はあるものの、どちらかといったらネオ・ハードボイルドに近い味があるかもしれない。事件の謎と同時に人の心の謎を追いかけるというか。推理による結末は、殺人事件にも関わらず爽やかさが感じられる。苦悩による闇がいっぺんに消えてなくなった、そんな爽快感である。そこにあるのは陶展文を初めとする登場人物の、そして作者の暖かさである。
もっと長い枚数で読んでみたかった。