平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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夏樹静子『デュアル・ライフ』(新潮文庫)

デュアル・ライフ (新潮文庫)

デュアル・ライフ (新潮文庫)

若き日の過ちを償いたい、将来を誓い合いながら、心ならずも裏切った恋人に償いをしたい。死の病の恐怖から解放された男は、周囲に流されるだけだったこれまでの人生を振り返り、虚しさをおぼえる。――女は一人で生きていた。あまりに過酷な現実に耐えるためか、男の記憶を全て消し去って。20年ぶりの再会から始まった二人の二重生活は、何とか軌道に乗るように見えたが……。(粗筋紹介より引用)

サンデー毎日」1993年8月1日号から1994年4月24日号に連載。1994年11月、毎日新聞社より刊行された作品の文庫化。



義父から地方ゼネコンを引き継いだ男が、癌の恐怖から解放され、思い出したかつての恋人。偶然の再会から始まった二重生活(デュアル・ライフ)。男にとっては実に都合のよい設定である。妻とかつての恋人(=愛人)という二人の女から見たら、勝手すぎると言いたくなるだろう。これを書いたのが女性である夏樹静子というのが面白い。

これを書いていたとき、夏樹静子は原因不明の腰痛で椅子にも座れないぐらいの状態であったらしい。ほとんどの連載を延期してもらっていた中で、唯一書き続けたという本作品は、作家夏樹静子と、主婦である彼女の二つの生活を投影したものであったのかもしれない。主人公をあえて男性にした理由はわからないが、彼女の隠された本音がそこにあるのだろうと思われる。残念ながら私には見つけられなかったが。

本書はミステリではない。身勝手な男による都合のよい夢の具象化と、その結末を書いた作品である。都合のよすぎる夢はいつか壊れるものであり、主人公にしても例外ではない。もしかしたら夏樹静子は、腰痛による作家生活・主婦生活が壊れてしまう恐怖を、本書に投影することで、逆に逃れようとしていたのかもしれない。