- 作者: 夏樹静子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1997/05/10
- メディア: 文庫
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偶然の事故で4ヶ月の我が子を死なせてしまったあゆみ。夫にも言えなくて……「死ぬより辛い」。
自分を虐げてきた若社長を殺すため、同じ特急に乗った秘書の恩田。しかし練り上げたはずのアリバイトリックは、踏切事故によって崩れ去っていった。「特急夕月」。
京都絹織物の織元の社長が首を吊って死んだ。折からの不況による自殺と思われたが、総額5億円の保険契約を結んでいたことが判明し、他殺説が浮上した。容疑の濃い妻には完璧なアリバイがあった。「一億円は安すぎる」。
金融業者殺人犯を追い、疎開先だった山村へやって来た刑事。「逃亡者」。
銀行強盗で奪われた金は、全てナンバーが控えられていた。その金がついに出てきた。使った人物は、全国的に有名な寺の職員だった。警察は彼をマークするが、犯人は全くの別人だった。しかし、彼は自殺した。「足の裏」。
極端な冷え性のため、15年以上も毎晩妻の手足をさすって暖めている夫。しかし夫には愛人と子供がいた。「凍え」。
愛人の妻を殺したとして起訴された若い女性。里矢子が弁護士として付いた最終弁論で、女性は今までの供述を覆し、無実を主張。実際に殺したのは愛人自身であると主張した。さらに失踪していた愛人が現れ、その事実を認めたため、女性は無罪になった。ところが愛人の裁判で新たな展開が。女性弁護士朝吹里矢子シリーズ。「二つの真実」。
殺害されたヤクザは、石坂警視の友人である元大学教授の一人娘をたぶらかしてボロボロにし、死なせた憎い男であった。元教授は車椅子生活なので、勿論犯人ではない。その後犯人が自首し、正当防衛を主張。捜査は終わるかと思ったが、意外な展開が待ち受けていた。「懸賞」。
人気のある産婦人科医長のもとへ送られてきた宅急便の中には、女性の死体が入っていた。女性は多額の資産を持っていた。犯人は女性の夫か、それとも医長か。「宅配便の女」。
抵当証券会社を営んでいた大友が53歳の若さでガンで死んだ。助手であった広橋は、偶然通りかかった女性の車に乗って火葬場まで行くが……。「カビ」。
銀行の古参行員だった富佐子は、三つ下の鍵谷と不倫していた。やがて鍵谷は、富佐子との二重生活を送るために、マンションを購入した。その金は、横領して得た金だった。しかし横領の事実がばれそうになった。「一瞬の魔」。
青酸ソーダを飲んで、女性が死んだ。自殺・他殺両面で捜査をしていた警察だったが、女性が死ぬ直前に大物元衆議院議員の妻の元を訪ねていたことを突き止めた。「罪深き血」。
1994年5月、文藝春秋より単行本化。1997年の文庫化にあたり、「懸賞」「宅配便の女」を他作品と入れ替えた。
ミステリ界の第一線を走り続けてきた夏樹静子のベスト短編集。さすがに傑作と言われる作品そろいである。サスペンスあり、女性心理ものあり、本格ミステリあり、裁判ものあり……。トリックに唸るものもあれば、意外な展開に驚くものもある。哀しき女性心理にホロリとさせられるものもある。男女の愛の結末に愕然とさせられるものもある。派手な事件が起きなくても、そこに人間がいて、ドラマがある。人生の一瞬を切り取り、文章として鮮やかに描き出すその腕は、作者ならではである。
何れも逸品ぞろいであるが、特にこれは、となると、裁判の意外な盲点をついた「二つの真実」と、アリバイトリックを考案した犯人の狼狽えぶりが楽しくも哀しい「特急夕月」、自殺の意外な真相を書いた「足の裏」を選びたい。