平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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伊藤秀雄編『明治探偵冒険小説集I 黒岩涙香集』(ちくま文庫)

売り出されたいわくつきの古い屋敷。先祖の縁で屋敷を買った叔父の命で下検分に出かけた主人公は、そこで謎めいた美しい女性と出会う。次々と現れる謎の人物。首なしの死体。時計塔のからくり。……

「その怖さと恐ろしさに憑かれたようになってしまって、(中略)部屋に寝転んだまま二日間、食事の時間も惜しんで読みふけった」(江戸川乱歩「探偵小説四十年」)という名作「幽霊塔」と、父親の死をめぐる意外な顛末が面白い中編「生命保険」を収録。(粗筋紹介より引用)



そうか、明治時代の探偵小説、冒険小説がまだアンソロジーになっていなかったか。おっとびっくりの明治探偵冒険小説集Iは、やはりこの人、黒岩涙香。そして黒岩涙香とくれば当然編者は伊藤秀雄。そして収録されたのがあの『幽霊塔』と来れば読まないわけにはいかないでしょう。

江戸川乱歩の翻案作品は、『白髪鬼』『幽霊塔』『三角館の恐怖』『緑衣の鬼』『幽鬼の塔』があるけれど、一番好きだったのが『幽霊塔』。まあ、『白髪鬼』『三角館の恐怖』も面白いし、捨てがたいが。乱歩に夢中になった後、古本屋で涙香の『幽霊塔』を見つけたのだが、あまりにも読みづらい文章だったので買うのをやめた中学時代が懐かしい。

今初めて読んでみると、思ったより読みやすい。今の読者から見ると堅苦しいところや古めかしい部分が多いが、それにさえ慣れてしまえば、あとは話がすいすいと頭の中に入っていく。もっともそれは、乱歩の『幽霊塔』を十回以上読んでいるからかもしれないが。
あの乱歩が「食事の時間も惜しんで読みふけった」と書くぐらいの、波瀾万丈の冒険探偵小説。美しいヒロインに襲いかかる苦難と、それを払いのけようとする主人公。乱歩版で読んだときは、この主人公がちょっと情けない坊ちゃんにしか見えなかった。実際のところ、名前こそ日本人ではあるが、舞台は19世紀末のイギリスで、主人公は貴族の出身だとわかってしまえば、当時抱いた不満はあっさりと解消され、あとは主人公とヒロインの冒険談を楽しむばかりである。さらに乱歩版にはないもう一つの謎もあり、結末で思わずあっと言ってしまった。乱歩版を読んだ方も、是非とも読んでもらいたい。明治を代表する冒険小説の一品である。

中編「生命保険」は涙香のオリジナル作品なのかな。一服にはいいかなという感じ。