平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

清水潔『殺人犯はそこにいる: 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮文庫)

 5人の少女が姿を消した。群馬と栃木の県境、半径10キロという狭いエリアで。同一犯による連続事件ではないのか? なぜ「足利事件」だけが“解決済み"なのか? 執念の取材は前代未聞の「冤罪事件」と野放しの「真犯人」、そして司法の闇を炙り出す――。新潮ドキュメント賞日本推理作家協会賞受賞。日本中に衝撃を与え、「調査報道のバイブル」と絶賛された事件ノンフィクション。(粗筋紹介より引用)
 2013年12月、新潮社より単行本刊行。2014年、新潮ドキュメント賞日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。2016年6月、文庫化。

 

 正直言って売れすぎていたので、読む気にならなかった一冊。時間ができたので、手に取ってみた。
 清水潔の主張が強すぎるところがあり、その圧に圧倒されると同時に反発を抱くところもある。それでも女児たちの無念を晴らそうと真犯人に迫るその姿は、鬼気迫るものがある。「調査報道のバイブル」と言われるだけのことはある。もっともこれだけの時間と金をかけるのは、よほどのバックでもない限り難しいだろうが。
 もっとも、その後に変わったものがあるかと言われると、あまりない。とくに警察と大手マスコミは何も変わっていない。「関係者からの取材で明らかになった」と書かれている内容が、裁判では全く出てこないこともよくある話だ。ホットな話題のうちに他社より先に記事にできればいいのだろう。特にネット記事が増えるようになって、その傾向が強くなった感がある。ネット上で書かれたことが、紙ではないことも多い。それは紙数の制限だけが原因ではないはずだ。
 ちょっと気になったのは、清水潔が冤罪報道に興味がなかったという事実。これは意外だった。特に足利事件は、裁判中からDNA鑑定に問題がありと騒がれていたのに全く知らなかったというのだ。報道関係者でも知らなかったのだから、裁判で無実だ、冤罪だと叫んでも、本当に無罪が確定しない限り、世間へは広がらないのも無理はない。

芦辺拓『大鞠家殺人事件』(東京創元社)

 大阪の商人文化の中心地として栄華を極めた船場。戦下の昭和一八年、陸軍軍人の娘、中久世美禰子は婦人化粧品販売で富を築いた大鞠家の長男に嫁いだ。だが夫・多一郎は軍医として出征し、美禰子は新婚早々、一癖も二癖もある大鞠家の人々と同居することになる。やがて彼女は一族を襲う惨劇に巻きこまれ……大阪大空襲前夜に起きる怪異と驚愕の連続を描き、正統派本格推理の歴史に新たな頁を加える傑作長編ミステリ!(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』No.102~105(2020年8月~21年2月)連載。書下ろしを加え、2021年10月、単行本刊行。2022年、第75回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)ならびに第22回本格ミステリ大賞を受賞。

 

 芦辺拓を読むのは久しぶり。協会賞と本格ミステリ大賞を受賞したので購入し、読んでみることにした。
 最初は明治三十九年、パノラマ館で大鞠百薬館創業者の長男、千太郎が神隠しにあう話。続いて大正三年、千太郎の妹である喜代江が番頭の茂助と祝言を挙げる話。最後は昭和十八年、中久世美禰子が大鞠家の長男・多一郎に嫁ぐ話。それらを経て、昭和二十年、大鞠家での連続殺人事件が発生する。
 どうも芦辺が書く関西弁は、多分リアルに書いているのだろうが、慣れるのに時間がかかる。特に千太郎が失踪する話は、丁稚の鶴吉のモノローグになっているので、特に読みづらい。ページをめくるのに、時間がかかってしまった。そこさえ過ぎれば、大丈夫なのだが。
 昭和二十年の大鞠家にたどり着くまでを丁寧に書いているので、ちょっともどかしいところはあるが、殺人事件が発生してからの展開は緊迫感がある。最後の謎解きまで、目を離すことができないストーリー展開もお見事。謎解きのカタルシスも十分に味わえる。船場の商家や戦時中ならではの背景が、巧妙に取り入れられているのはさすがである。
 満を持して書かれた、という感がある。作者の代表作となるであろう傑作。W受賞も当然の結果といえよう。

ボストン・テラン『その犬の歩むところ』(文春文庫)

 ギヴ。それがその犬の名だ。彼は檻を食い破り、傷だらけで、たったひとり山道を歩いていた。彼はどこから来たのか。何を見てきたのか……。この世界の罪と悲しみに立ち向かった男たち女たちと、そこに静かに寄り添っていた気高い犬の物語。『音もなく少女は』『神は銃弾』の名匠が犬への愛をこめて描く唯一無二の長編小説。(粗筋紹介より引用)
 2009年、発表。2017年6月、邦訳刊行。

 

 ボストン・テランの作品を読むのは初めて。作者は覆面作家とのことで、性別や年齢すら明らかにしていない。
 主人公はカリフォルニアのセント・ピーターズ・モーテルで生まれた犬のギヴ(GIV)。飼い主はモーテルの経営者で、ハンガリー移民のアンナ・ペレナ。夫は元パイロットで、アンナの運転中の事故で亡くなった。ミュージシャン志望の兄弟の兄、ジェムはギヴを盗んで連れていってしまう。そこからギヴの苦難の道は始まった。いくつかの事件を経て巡り合った、元アメリ海兵隊員でイラクからの帰還兵、ディーン・ヒコックは虐待されて逃げ出したものの死にかけていたギヴを拾い、そしてギヴを飼い主に返そうとギヴの辿ってきた道を後戻りしてゆく。
 ギヴという犬が気高く勇敢で、そして心優しい。そしてギヴを取り巻く人々がまた色々な傷を負っており、ギヴに対しても様々な感情をぶつける。そしてギヴはその気高い心で、周囲の人を癒していくのだ。時には大きく傷つきながら。いやあ、反則だよとしか言いようがない。こんな犬が主人公なら、心を揺さぶられるしかないじゃないか。最後の救出劇なんて、あざとくても感動するしかない。
 ちょいと読みづらい言い回しはあるものの、それさえ慣れてしまえば短めということもあってすいすい読めてしまう。素直に感動に浸りましょう。

『お笑いスター誕生!!』の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/star.html
お笑いスター誕生!!」新規情報を追加。ブッチャーブラザーズの代表的コントです。

【「お笑いスター誕生!!」用語・事件】の用語を一部更新。

teacup.掲示板のサービスが止まるので、「お笑いスター誕生!!」掲示板をどこかに移そうかと考えていましたが、結局そのまま閉じることにしました。情報・感想などがあれば、日記のコメントにお願いします。

島田荘司『星籠の海』上下(講談社文庫)

 瀬戸内の小島に、死体が次々と流れ着く。奇怪な相談を受けた御手洗潔は石岡和己とともに現地へ赴き、事件の鍵は古(いにしえ)から栄えた港町・鞆(とも)にあることを見抜く。その鞆では、運命の糸に操られるように、一見無関係の複数の事件が同時進行で発生していた――。伝説の名探偵が複雑に絡み合った難事件に挑む!(上巻粗筋紹介より引用)
 織田信長鉄甲船が忽然と消えたのはなぜか。幕末の老中、阿部正弘が記したと思われる「星籠(せいろ)」とは? 数々の謎を秘めた瀬戸内で、怪事件が連続する。変死体の漂着、カルト団体と死体遺棄事件、不可解な乳児誘拐とその両親を襲う惨禍。数百年の時を超え、すべてが繋がる驚愕の真相を、御手洗潔が炙り出す! (下巻粗筋紹介より引用)
 2013年10月、講談社より単行本刊行。2015年12月、講談社ノベルス化。2016年3月、講談社文庫化。

 

 御手洗清シリーズを珍しく手に取る。舞台が島田荘司の故郷、福山市。後に玉木宏主演で映画化されている。
 読んでもがっかりするだろうな、と思いながら読んでいたら、予想通りなので笑った。推理すらなく、ほとんど未来予知としか言いようがないぐらいの先走り発言。全く説明もないのに、反感もなく素直に指示に従う警察。都合よく出てくるヘリコプターや高速艇。舞台が1993年なのに、ほとんどの人が携帯電話を持っている。まだ一般的には知られていないNPOが出てくる。当時はまだ存在すらなかった半グレが出てくる。
 当時から突っ込みまくられていたという記憶はあるが、こうやって読んでみると確かにおかしなところだらけ。
 それでもトリック満載の本格ミステリになっていたら、まだ読めたのだろうが、目の前にあるのは歴史の謎と、出来損ないのトラベルミステリと、スーパーヒーローによる大捜査線。村上水軍阿部正弘が記した「星籠」、福山や鞆の紹介、世界中から追われているも尻尾を出していないカルト集団の長、同じ場所に次々と流れてくる謎の死体、田舎で挫折した人たちの半生、謎の赤ん坊誘拐事件、ついでに島田荘司特有の社会批判。全く結びつきそうもない題材をこれでもかと集め、無理矢理結び付けた力業には感心するが、その接着剤が御手洗清ということで全く推理のないまま強引に話が進むところに呆れる。
 よほどの御手洗清、石岡和己ファンじゃないと、読むのがきつい。駄作と切り捨ててもいい。『占星術殺人事件』『斜め屋敷の犯罪』のころの輝きはどこへ行った、御手洗清。これだけ文字数を重ねないと物語をつくれなくなったか、島田荘司。まあ、10年前の作品に文句をつけても仕方がないか。

伊坂幸太郎『マリアビートル』(角川文庫)

 幼い息子の仇討ちを企てる、酒びたりの元殺し屋「木村」。優等生面の裏に悪魔のような心を隠し持つ中学生「王子」。闇社会の大物から密命を受けた、腕利き二人組「蜜柑」と「檸檬」。とにかく運が悪く、気弱な殺し屋「天道虫」。疾走する東北新幹線の車内で、狙う者と狙われる者が交錯する――。小説は、ついにここまでやってきた。映画やマンガ、あらゆるジャンルのエンターテイメントを追い抜く、娯楽小説の到達点!(粗筋紹介より引用)
 2010年9月、角川書店より単行本刊行。2013年9月、文庫化。

 

 『グラスホッパー』に続く殺し屋シリーズの第二弾。前作の登場人物も出てくるが、読まなくても特に支障はない。前作が今一つだったのであまり読む気は起きなかったのだが、ハリウッドで映画化されるというので手に取ってみた。
 前作同様、「木村」「王子」「果物」(蜜柑と檸檬)「天道虫」の視点で次々と切り替わり、物語が進行してゆく。文章の癖の強さは相変わらずだが、多少は慣れたのか、それほど苦労せず読むことができた。舞台が東北新幹線の中に限られているからかもしれない。
 優等生面の裏で他人を操り悪事に手を占める中学生の「王子」を殺そうとする元殺し屋の「木村」、そして闇社会の大物である峰岸良夫の一人息子を監禁先から救い出し、身代金の入っていたトランクとともに父親へ帰そうとする「蜜柑」と「檸檬」のコンビ、さらになぜかそのトランクを盗むよう依頼された「天道虫」こと七尾。リアリティのない、というか戯画的な登場人物たちが、戯画的な展開を繰り広げる。視覚で楽しむような内容を、文字で楽しむ。それができるのは、伊坂幸太郎だからだ。
 徹底的に娯楽だったね、これは。読者がスッキリ楽しめればそれでよし。だから最後どうなったのかも詳細に書かなかったのだろう。余計な教訓なんかいらないし、正義も何もいらない。
 さて、これが映画になったらどうなるか。ちょっと楽しみだ。