平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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芦辺拓『大鞠家殺人事件』(東京創元社)

 大阪の商人文化の中心地として栄華を極めた船場。戦下の昭和一八年、陸軍軍人の娘、中久世美禰子は婦人化粧品販売で富を築いた大鞠家の長男に嫁いだ。だが夫・多一郎は軍医として出征し、美禰子は新婚早々、一癖も二癖もある大鞠家の人々と同居することになる。やがて彼女は一族を襲う惨劇に巻きこまれ……大阪大空襲前夜に起きる怪異と驚愕の連続を描き、正統派本格推理の歴史に新たな頁を加える傑作長編ミステリ!(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』No.102~105(2020年8月~21年2月)連載。書下ろしを加え、2021年10月、単行本刊行。2022年、第75回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)ならびに第22回本格ミステリ大賞を受賞。

 

 芦辺拓を読むのは久しぶり。協会賞と本格ミステリ大賞を受賞したので購入し、読んでみることにした。
 最初は明治三十九年、パノラマ館で大鞠百薬館創業者の長男、千太郎が神隠しにあう話。続いて大正三年、千太郎の妹である喜代江が番頭の茂助と祝言を挙げる話。最後は昭和十八年、中久世美禰子が大鞠家の長男・多一郎に嫁ぐ話。それらを経て、昭和二十年、大鞠家での連続殺人事件が発生する。
 どうも芦辺が書く関西弁は、多分リアルに書いているのだろうが、慣れるのに時間がかかる。特に千太郎が失踪する話は、丁稚の鶴吉のモノローグになっているので、特に読みづらい。ページをめくるのに、時間がかかってしまった。そこさえ過ぎれば、大丈夫なのだが。
 昭和二十年の大鞠家にたどり着くまでを丁寧に書いているので、ちょっともどかしいところはあるが、殺人事件が発生してからの展開は緊迫感がある。最後の謎解きまで、目を離すことができないストーリー展開もお見事。謎解きのカタルシスも十分に味わえる。船場の商家や戦時中ならではの背景が、巧妙に取り入れられているのはさすがである。
 満を持して書かれた、という感がある。作者の代表作となるであろう傑作。W受賞も当然の結果といえよう。