平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ヘレン・マクロイ『幽霊の2/3』(創元推理文庫)

 人気作家エイモス・コットルを主賓に迎えたパーティーが、雪深きコネチカット州にある出版社社長ケインの邸宅で開かれた。腹に一物あるらしき人々が集まるなか、余興として催されたゲーム“幽霊の2/3"の最中に、当のエイモスが毒物を飲んで絶命してしまう。招待客の一人、精神科医のベイジル・ウィリング博士は、警察に協力して関係者から事情を聞いてまわるが、そこで次々に意外な事実が明らかになる。作家を取りまく錯綜した人間関係にひそむ稀代の謎と、毒殺事件の真相は? マクロイの傑作として、名のみ語り継がれてきた作品が新訳で登場。(粗筋紹介より引用)
 1956年、ランダムハウス社より刊行。マクロイの第15長編。1962年、創元推理文庫より邦訳刊行。

 1962年に創元推理文庫から出版されて以来、長く絶版状態だった一冊。東京創元社の「文庫創刊50周年記念復刊リクエスト」で第1位となり、新訳が刊行された。
 昔の創元推理文庫の巻末にあった出版リストに載っていた(はずだが、別の場所で見たのかもしれない)ので名前は知っていたので、復刊時に購入したが結局そのままになっていた一冊。
 「幽霊の2/3」というゲームだが、「親になった者が各プレイヤーに順番にクイズを出題する。それに答えられなければ、一回目は幽霊の三分の一、二回目は幽霊の三分の二になる。三回答えられないと、幽霊の三分の三、つまり完全な幽霊になる。要するに死ぬわけで────ゲームから脱落する。最後まで生き残った者が勝者となり、次の親になる」というものである。人気作家エイモス・コットルがこのゲーム中に青酸化合物を飲まされて殺されるのだが、毒物が検出されたのは彼のウイスキーのグラスだけで、他の飲み物には入っていなかった。しかも即効性であるのに、死亡する前の数分間は彼の周りに誰もいなかった。そしてパーティーに出席していた彼の妻やエージェント、出版社社長たちは、金の卵を産む彼を殺害する動機がなかった。
 毒殺トリックについては、タイトルこそ思い出せないが過去の別作品でも使われているもので、の引用だったと思う。しかしこの作品の主眼は殺されたエイモス・コットルという人物。彼自身や彼を取りまく人物の描写と謎が素晴らしく、出版界の裏事情と合わせて絶妙な物語を生み出している。特にタイトルが物語と密接につながっていく展開は見事である。
 ただ、結末に向けての展開は駆け足過ぎて、今一つ。特に事件の動機を聞かされてもスッキリしないのは残念。完成度という点で、他のマクロイ作品よりは落ちると思う。だから、いままで復刊されていなかったという気がしなくもない。
 どうでもいいが、ベイジル・ウィリング博士がもう少し魅力的な人物だったら、面白さがもう少しアップしているような気もする。