平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ヘレン・マクロイ『家蠅とカナリア』(創元推理文庫)

 精神分析学者のベイジル・ウィリングは、魅惑的な主演女優から公演初日に招かれた。だが、劇場周辺では奇妙な出来事が相次ぐ。刃物研磨店に押し入りながら、なにも盗らずに籠からカナリアを解放していった夜盗。謎の人影が落とした台本。紛失した外科医用メス。不吉な予感が兆すなか、観客の面前で成し遂げられた大胆不敵な凶行! 緻密な計画殺人に対して、ベイジルが鮮やかな推理を披露する。一匹の家蠅と、一羽のカナリア――物語の劈頭、作者が投げつけた一対の手袋を、はたして貴方は受けとめられるか。大戦下の劇場を匂うがごとく描きだし多彩な演劇人を躍動させながら、純然たる犯人捜しの醍醐味を伝える謎解き小説の逸品。(粗筋紹介より引用)
 1942年、発表。作者の第五長編。1959年、『別冊宝石』に抄訳掲載。2002年9月、邦訳刊行。

 ロイヤルティー劇場での舞台『フェドーラ』の初日、舞台装置のアルコーブに入っていた瀕死の男役の役者が実際に死んでいたことが第一幕終了で判明。しかしその役者を誰も知らない。男が開幕直前にアルコープに自ら入るところは目撃されている。つまり男が死んだのは、第一幕の間。舞台に居たのは、三人の役者のみで、だれも不審な動きをしていない。衆人環視の中で行われた凶行の犯人は誰か。ベイジル・ウィリングは、一羽のカナリアと、一匹の家蝿から犯人を推理する。
 何とも魅力的な謎の設定。しかし殺人事件の後は、エキセントリックな演劇人とのやり取りに終始する。そのやり取りをつまらないと感じるか、面白いと感じるかは読者次第。私は当時の演劇界やショービジネスの裏側を知ることができたのでまあまあ面白かった。
 手掛かりとしての家蠅は露骨すぎ(推理クイズでよく見るこの手がかりは、ここで使われていたのかと初めて知った)。逆にカナリアはちょっと強引に感じた。まあ、これはこれでありかな、と思わせる程度には納得した。解決にいたるプロセスは読みごたえがあった。
 丁寧に書かれた本格ミステリ。好きな人には好きだろうが、もっとサスペンスや活劇を求める人には退屈だろうとは思う。タイトルは原題のCup for Murderを直訳した方がよかったんじゃないかな。