平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』(創元推理文庫)

サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)

サーチライトと誘蛾灯 (創元推理文庫)

  • 作者:櫻田 智也
  • 発売日: 2020/04/21
  • メディア: 文庫
 

 ホームレスを強制退去させた公園の治安を守るため、ボランティアで見回り隊が結成された。ある夜、見回り中の吉森は、公園にいた奇妙な来訪者たちを追い出す。ところが翌朝、そのうちのひとりが死体で発見された! 事件が気になる吉森に、公園で出会った昆虫オタクのとぼけた青年・魞沢(えりさわ)が、真相を解き明かす。観光地化に失敗した高原でのひそかな計画、<ナナフシ>というバーの常連客を襲った悲劇の謎。5つの事件の構図は、魞沢の名推理で鮮やかに反転する! 第10回ミステリーズ!新人賞を受賞した表題作を含む、軽快な筆致で描くミステリ連作集。(粗筋紹介より引用)
 『ミステリーズ!』掲載作品に書き下ろし2編を加え、2017年11月、東京創元社ミステリ・フロンティアより単行本刊行。2020年4月、文庫化。

 

 探偵役は魞沢泉(えりさわ せん)。「えり」は魚編に入と書く。見た目は三十代半ば。昆虫採集で色々なところを回っている。頼むから、環境依存文字を名前に使うのはやめてくれ。書きづらいったらありゃしない。
 公園にホームレスを居つかせないための見回り隊の吉村はその夜、公園にいた年齢差カップル、私立探偵、そしてカブトムシを採集しようとした魞沢と名乗る青年を追い出す。ところが次の日の朝、私立探偵が公園で殺されているのが発見された。2013年、第10回ミステリーズ!新人賞を受賞作「サーチライトと誘蛾灯」。探偵役魞沢のとぼけた味は、確かに亜愛一郎につながるものはあるが、デビュー作である「DL2号機事件」と比べると事件や謎は平凡だし、論理性の面白さもない。まあ、味がよい作品ではあった。
 奥羽山脈北部のアマクナイ高原に5年ぶりに訪れた瀬能丸江。そこでは5年前、観光地化の方向性をめぐってボランティアが分裂してしまった過去があった。瀬能にはある目的と計画があったが、魞沢と出会ったことで予想もしない方向へ流れていく。「ホバリング・バタフライ」。意外な方向へ物語が流れていく展開は面白く、最後の余韻が美しい。
 バー「ナナフシ」で倉田詠一が会ったのは、常連客の保科敏之、そして初めて会った魞沢。遅れてきたのは敏之の妻、結。二人は一緒に帰っていったが、翌日、敏之が殺され、妻が取り調べを受ける。「ナナフシの夜」。手がかりの出し方がちょっと露骨。愛のむなしさを語る作品なんだろうが。
 旅館の主人である兼城譲吉は、夜に近所で起きた火事の現場で、客の?魞沢と出会う。不意に35年前を思い起こした兼城は、魞沢と宿に戻り酒を飲みながら、写真家希望の青年が起こした火事と、玄関に飾ってある見事な昆虫の標本の関係について話す。第71回日本推理作家協会賞短編部門候補作「火事と標本」。少年時代の悲しい思い出が、魞沢の一言でガラッと様変わりする結末は圧巻。あまりにも哀しいトーンも含め、本作品集中のベスト。
 教会で牧師が殺害され、中学三年生の息子が行方不明となった。教会にいた魞沢が、謎解きをする。「アドベントの繭」。謎解きがそのまま救いになるパターン。ちょっとした手掛かりから犯人を導き出す論理性は良かった。

 

 確かにブラウン神父、亜愛一郎の系統を引き継いでいるとはいえるが、二人と違うところは探偵役である魞沢泉のキャラクターが弱いところ。とぼけた味は面白いところあるが、突飛な動きをするわけでもなく、印象が希薄なのである。それ以上に、解決した事件の印象が弱い。不可思議な事件と、アッという奇抜な論理性、そして意外な結末。これらがそろわないと、後継ぎといわれるにはちょっと荷が重いだろう。
 所々はおっと思わせるものがあったので、次に期待したい。ということで、早速『蟬かえる』を手に取ったのだが、こちらは非常に満足した。こちらの感想は後日。