平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ヤーン・エクストレム『ウナギの罠』(扶桑社ミステリー文庫)

 「スウェーデンディクスン・カー」と称された、ヤーン・エクストレムによる不可能犯罪の名品! ウナギ漁のための小部屋のような仕掛け罠のなかで、地元の大地主の死体が発見された。入り口には外から錠がかけられ、鍵は被害者のポケットに――――そう、完璧な密室殺人だったのだ。さらに、遺体には一匹のウナギがからみついていた! 被害者をめぐる複雑な人間関係、深まる謎また謎……かつて、ミステリー・ファンを騒然とさせた、幻の一作。(粗筋紹介より引用)
 1967年、ストックホルムを拠点とするアルバート・ボニエル社より出版。2024年4月、邦訳刊行。

 「スウェーデンディクスン・カー」と称された、ヤーン・エクストレムはスウェーデン中部ファールン生まれ。広告業界で活躍する一方、1961年にデビュー。1994年まで精力的に作品を発表。スウェーデン・ミステリー・アカデミーの創立メンバーであり、後にアカデミーからグランド・マスターの称号を贈られている。本書は作者の作者の五作目。
 ミステリー研究家の松坂健が『ミステリ・マガジン』1971年11月号に発表した紹介で初めて日本に知られ、邦訳が待たれていた一冊……らしい。知ったのは、つい最近なんだよな。本文庫には、その紹介文も収録されている。
 まずタイトルであり、殺人現場でもある「ウナギの罠」がピンと来なかった。イラストが出てくるのが115ページなのだが、もっと早く出してほしかった。そうすれば、もうちょっと驚きが増していたと思う。
 この「ウナギの罠」だが、マツの木の板を使用した、高さ2メートル、幅2メートル、奥行き3メートルの直方体である。箱型の罠は川岸からだいぶ離れた地点に設置されており、罠の四隅は大きな岩の上に固定されている、川面に浮かぶ閉じられた空間であった。堰堤側に小さな取水口があり、そこから入ったウナギを捕まえる罠であった。堰堤から罠の屋根までは幅の広い板が斜めに渡してあり、唯一の道である。屋根には50センチ四方の跳ね上げ式のふたが付いており、中央には10センチ四方の覗き穴がある。屋根からは梯子で床下まで下りられる。まあ、なんとも奇怪な舞台であろうか。日本では考えられない「罠」である。入り口には外から錠が掛けられたこの小部屋で起きた密室殺人事件。本格ミステリファンならドキドキする設定ではある。
 舞台を把握するのに苦労したが、それ以外は小さな村での殺人事件であり、どろどろした人間関係の探索が続く。この辺りの流れは黄金時代の本格ミステリそのものであり、何十年も経ってスウェーデンで書かれていたとは夢にも思わなかった。
 はっきり言って、密室トリック一発の本格ミステリ。このトリックは、成立するのかよと突っ込みたくなるようなもの。喜ぶ人は喜ぶだろうな。好みが分かれるところだが、私は嫌いではない。松坂健が「戦後の横溝正史を思い出した」と評するのもわかる。ただトリックは強引そのものだが、解決までの流れは綺麗である。
 古き良き本格ミステリが好きな人にはたまらない作品。殺人事件が起きてからの展開がかったるいという人もいるだろう。古臭いというのも正しい評だ。それでも、あの頃興奮した本格ミステリがここにあった。