平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ピーター・スワンソン『8つの完璧な殺人』(創元推理文庫)

 雪嵐の日、ミステリー専門書店の店主マルコムのもとに、FBI捜査官が訪れる。マルコムは10年ほど前、もっとも利口で、もっとも巧妙で、もっとも成功確実な殺人が登場する犯罪小説8作を選んで、ブログにリストを掲載していた。ミルン『赤い館の秘密』、クリスティ『ABC殺人事件』、ハイスミス『見知らぬ乗客』、アイルズ『殺意』……。捜査官によると、そのリストの“完璧な殺人”の手口に似た殺人事件が続いているという。犯人は彼のリストに従って殺しているのか? 著者のミステリーへの愛がふんだんに込められた、謎と企みに満ちた傑作長篇!(粗筋紹介より引用)
 2020年、発表。2023年8月、邦訳刊行。

 過去の作品からもミステリ愛があふれてくるピーター・スワンソンが、過去のミステリに似た殺人事件が続けて発生している、などという挑戦状を叩きつけてきた。これを読まずしてどうする、なんて思っていたのだが、スワンソンがそんなストレートな本格ミステリを書くはずがなかった。
 本作品で挙げられている「完璧な殺人」8作は、A・A・ミルン『赤い館の秘密』(創元推理文庫他)、フランシス・アイルズ『殺意』(創元推理文庫他)、アガサ・クリスティABC殺人事件』(早川書房クリスティー文庫他)、ジェイムズ・M・ケイン『殺人保険』(新潮文庫)、パトリシア・ハイスミス『見知らぬ乗客』(1951年の映画含む、河出文庫)、ジョン・D・マクドナルド『The Drowner』(邦訳無し、本書での仮題は「溺殺者」) 、アイラ・レヴィン『死の罠』(戯曲、邦訳無し。映画化タイトル『デストラップ 死の罠』)、ドナ・タート『シークレット・ヒストリー』(別邦題『黙約』、扶桑社ミステリー文庫他)。1922年発表の古典から1992年の作品まで、幅広いラインナップである。この8作に加え、クリスティーアクロイド殺害事件』についてネタバレがあるので注意してほしいと冒頭に記されている。他にも作中で、様々なミステリについて言及される。
 過去の作品は複数の人物による視点の切り替えを繰り返しながら話は進むのだが、本作は主人公であるミステリー専門書店「オールド・デヴィルズ・ブックストア」の店主、マルコム・カーショーの手記という形になっている。マルコムのところにFBI特別捜査官グウェン・マルヴィが訪れるところから話は始まる。『殺人保険』『ABC殺人事件』『死の罠』の手口に似た殺人事件が続いているという。マルコムは10年ほど前にリストを作ったが、何か知らないだろうか。マルコムは心当たりはないとグウェンに話したが、被害者の一人、エレイン・ジョンソンは知っていた。マルコムはグウェンの相談を受けながら、事件の謎を追いかけることになる。
 先にも書いたが、9作品についてネタバレがある。『ABC殺人事件』あたりは海外ミステリを読まない人でもある程度は知っているだろうし、今さら『赤い館の秘密』を読む人がいるとも思えない(偏見だな、この意見)。まあ、1作だけでなく多くのネタバレをされるとかえって忘れてしまうという過去の名言もあることだし、海外ミステリファンでない人には気にもならないだろう。もちろん海外ミステリファンなら、あの作品について言及した、とワクワクして読めること間違いなしである。
 マルコム自身の過去に言及しながら連続殺人事件の謎解きを楽しむ、というストレートな本格ミステリ、かと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。さすがスワントン、と言いたくなる話の展開である。後は読んで確かめてほしい。
 帯にもある通り、「名作ミステリーへの見事なオマージュ」と言っていい作品。これだけミステリへの愛情が込められていると、たとえ読んだことがない作品に言及されていても、ミステリファンとしては読んでいて楽しい。本作を手記の形にした理由も明らかになる。そしてスワントンならではのサスペンスも楽しめる。
 作者が目論んでいたことについては、千街晶之が解説で言及してくれている。さすがとしか言いようがない。ただ作者の意図がどこまで読者に伝わっただろうか。本書の弱点は、エピローグが今一つな点だろう。だらだらしすぎなのだ。私は「後日談」は好きだが、こういうのは好きではない。
 個人的にはスワントン流のストレートな本格ミステリを読んでみたい。そう思わせる作品でもあった。楽しかったけれどね。

  それとこんな作品を出したのだから、東京創元社はジョン・D・マクドナルド『The Drowner』を訳して出して下さいよ。