平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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H・H・ホームズ『九人の偽聖者の密室』(国書刊行会 奇想天外の本棚)

 伝説の「さまよえるユダヤ人」を名乗るアハスヴェルが主宰する教団「光の子ら」を糾弾すべく準備を進めていたカルト宗教の研究者ウルフ・ハリガンは、ひょんなことから知り合った作家志望の青年マット・ダンカンの協力を得、二人は「光の寺院」で開かれる教団の集会に参加する。その集会の場で、全身に黄色い僧衣をまとった教祖アハスヴェルは、信者たちとともに「ナイン・タイムズ・ナイン」の呪いを唱え、ウルフの死を予言する。
 その翌日、ハリガン家の家族とクロッケー場でゲームに興じていたマットがふとウルフのいる書斎を見ると、ウルフの机に身をかがめている黄色い僧衣を着た人物の姿が目に入る。窓は施錠されており、邸内の扉から書斎に入ろうとするものの、やはり鍵がかかっていて中に入れない。再び外に出て窓から中をのぞくと、ウルフは顔面を撃たれて床に倒れており、存在したはずの黄色い衣の人物は消え失せていた……。
 この不可解な密室殺人の謎に直面したダンカンは、探偵小説嫌いのマーシャル警部補と共に「密室派の巨匠」ジョン・ディクスン・カーの《密室講義》を参照しながら推理・検討をするのだが、なんと《密室講義》のどの分類にも当て嵌まらないことが判明する。困惑する捜査陣を前に、難事件の経緯を知った尼僧アーシュラは、真相究明のために静かに祈りを捧げるのだった……。果たして異色の尼僧探偵の祈りが通じ、神をも畏れぬ密室犯罪の真相が看破されるのだろうか?
 ジョン・ディクスン・カーに捧げられ、エドワード・D・ホックが主催する歴代密室ミステリ・ベストテンにも選出された、都市伝説的密室ミステリが新訳によって半世紀の時を経てここに甦る!(粗筋紹介より引用)
 1940年発表。2022年9月、国書刊行会より単行本刊行。

 

 2019年より原書房から出版されるもわずか三冊で途絶していた叢書「奇想天外の本棚」が、国書刊行会より復活。本書では「旧版元の反故」とまで書いてしまっているので、裏で色々あったのだろうなあとは想像できるのだが、復活したのだからあれこれ詮索しても仕方がない。前回は原書房ということもあって手に取ることはなかった(本屋でなかなか見かけないんだよね……)が、今回は国書刊行会なので、ミステリはできるだけ買おうと思う。
 ということで、第一弾は『九人の偽聖者の密室』。1960年、『別冊宝石 世界探偵小説全集41 H・H・ホームズ&C・ウールリッチ篇』に「密室の魔術師」のタイトルで翻訳が掲載されるものの、単行本にはなっていない。エドワード・D・ホックが『密室大集合』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を編纂する際に欧米の作家・評論家17人に対して実施した、密室長編ものの人気投票ベスト10の第9位に選ばれている。ほぼ同じ時期に、扶桑社文庫から『密室の魔術師 ナイン・タイムズ・ナインの呪い』が当時の『別冊宝石』の旧訳のまま出版されるというのは何かきな臭いものを感じるが、読者には関係のないことだ。
 アメリカの名評論家、アンソニー・バウチャーが、シカゴのシリアルキラーの偽名H・H・ホームズの名前で書いたのが本作。尼僧アーシュラが名探偵を務めており、2作の長編と数作の短編を発表しているが、そのうちの最初の作品である。バウチャーは他にバウチャー名義でも長編を執筆している。
 ただ、バウチャーでも実作はつまらないと、今まで攻撃されてきた作家たちが嘲笑した、なんていうエピソードを聞いたことがあるのだが、どこで読んだのかをさっぱり覚えていない。そのためあまり期待していなかったのだが、読んでみて今まで単行本にならなかったのがわかるぐらいつまらない。
 カルト集団vs宗教学者という展開は現代にも通じるものがあるのだが、カー信奉者のバウチャーらしい大時代的なやり取りとロマンスは、さすがに今読むとしんどい。ミステリ嫌いの警部が『三つの棺』を読んで感心し、事件の目撃者と一緒に「密室講義」に合わせて密室トリックを検討するというのは、乾いた笑いしかでてこない。それでも密室トリックがよければまだ救いがあるのだが、あまりにもちゃちで泣けてくる。
 話の種として読んで、面白がるしかない。それ以上、何を言えばいいのだろう。エドワード・D・ホックが主催する歴代密室ミステリ・ベストテンに選出されたなんて、悪い冗談だと思いたい。