平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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クリスチアナ・ブランド『濃霧は危険』(国書刊行会 奇想天外の本棚)

 過保護に育てられたレデヴン館の相続人ビル・レデヴン少年は、同年代の少女のいる知人宅で休暇を過ごすよう親に命じられ、気乗りしないまま、シルバーのロールスロイスに乗せられ目的地に向かっていた。ところが、霧が濃くたちこめた荒れ地の途中で、いきなり、意味も分からないまま、お抱え運転手のブランドンに車からつまみ出されてしまう。同じころ、周到な計画のもとに、〈ナイフ〉と呼ばれる若者がボースタル少年院から逃亡する。
 ビルは荒れ地をさまよううちに少年パッチと知り合い、行動をともにするようになる。二人はビルが思わぬ形で手に入れた暗号で書かれた文書を解読しながら、〈にやついた若者〉、〈ヴァイオリン〉、片手が鉤爪の男との、追いつ追われつの冒険へと踏み出してゆく。
 オールタイムベスト級の傑作を次々と発表し、いわゆる英国ミステリ小説の黄金時代最後の作家としてゆるぎない地位を築いたクリスチアナ・ブランドが、すべての少年少女のために、みずみずしい筆致で、荒涼とした大地と海が広がるイギリス南部のダートムアを舞台に繰り広げられる冒険を描いたジュヴナイルの傑作。(粗筋紹介より引用)
 1949年、イギリスで発表。1950年、作者が読み易く改稿した改訂米国版発表。英国版を底本とし、米国版のいいところを取捨選択し、2023年2月刊行。

 英国ミステリの重鎮、クリスチアナ・ブランドによる児童文学ミステリ。原題は"Welcome to Danger"。邦題はブランドの代表作『緑は危険』と『疑惑の霧』を結合し、総指揮の山口雅也と訳者の宮脇裕子が協議のうえ、決定したとのこと。山口雅也がごり押ししたんだろうなあ、と勝手に思ってしまう。濃霧が出てくるのは最初だけなのに、タイトルにつける必然性は感じられない。この「奇想天外の本棚」が今一つ盛り上がらないのは、こういった山口雅也の空回り感が影響しているのかな、と想像してしまう。
 山口雅也が冒頭に少年少女の読者へ向けてということで五つの知ってもらいたいことを書いている。
 ①舞台について②児童文学の伝統③書き直し(リライト)児童文学から大人向けの小説へ④作者クリスチアナ・ブランドについて/ミステリの読者案内⑤本書の内容について
 山口雅也の癖の強さがよく出ている文章であり、思い入れが強すぎて帰って引いてしまう気がする。②~⑤はともかく、①はもっと書いてほしかったところ。もう少し背景がわかると、もっと楽しめたのになと思うところが色々とあった。
 作品よりも山口雅也への文句ばかり書いているような気がする。作品自体について書くと、荒れ地で知り合った少年二人が悪者に追いかけられながら、偶然入手した暗号を解いて目的地へ向かう、英国ものらしさがいっぱいの児童文学冒険小説。ただ背景や土地勘などがないと、わかりにくいところもある。邦訳するのならば、地図などを入れてくれた方がよかったと思う。
 追いつ追われつのサスペンス部分や謎の部分はさすがと思わせるものがあるが、暗号についてはちょっと弱い。結末は予想できた範囲だけど洒落た終わり方で、少年少女の心を揺さぶるだろう。ただ一番良かったのは、登場人物の魅力的な描き方。お坊ちゃまな主人公ビルよりも、友人パッチや飼い猫サンタクローズの方が生き生きとしている。主人公が魅力的であるよりも、脇役が魅力的な方が物語は面白い。そして悪役側もよく描かれており、主人公側を応援したくなること間違いなしである。
 児童小説として魅力的ではあるが、大人が読んでも十分に楽しめる。さすが、ブランドというべきか。