平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ロバート・アーサー『ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集』(扶桑社海外文庫)

 雪に閉ざされた山荘を訪ねていった女性が消えた! 屋敷へ入る足跡のみが残された状況での人間消失を描いた、不可能犯罪の歴史的名作「ガラスの橋」。老姉妹が、これまで読んできた千冊以上の推理小説の知識を武器に、犯罪者たちに戦いを挑む痛快な冒険譚「極悪と老嬢」等々、キレのいい短編で知られるロバート・アーサーの日本初の作品集登場! ミステリー・ドラマの送り手として、2度のエドガー賞に輝く名手が、みずから選んだ傑作ばかり。趣向に富んだ謎解きの数々をお楽しみください。(粗筋紹介より引用)
 1966年、Random Houseより刊行。2023年7月、邦訳刊行。

 ヘンリー・マニングは勤め先の銀行から着服した1万ドルが入った魔法瓶を、住宅の芝生に植えかけ苗の穴に隠した。そしてすぐ、彼は横領の罪で捕まった。三年半後、刑期を務めあげたヘンリーは、1万ドルを回収に行くものの、すでに苗は立派な若木になっていた。「マニング氏の金の木」。意外な展開と、心温まる結末が上手い。
 ミステリファンであるグレイスとフローレンスのアッシャー姉妹は、甥のウォルターが遺した家具付きの家に定住するため、70年住んでいた小さな町からミルウォーキーにやってきた。しかしこの家には、殺されたウォルターが町を牛耳る悪党集団のボスを強請った帳簿が隠されていた。「極悪と老嬢」。老嬢姉妹がミステリの知識を駆使して悪党集団と対峙するコメディ。海外ミステリファンならにやにやすること間違いなし。
 若い作家のファウラーは、さえない風貌のスパイ、オーザブルに誘われて彼の部屋に行くと、そこには別のスパイが拳銃を構えて待っていた。「真夜中の訪問者」。ショートショートに近い短編だが、結末には驚かされた。
 コーン教授がアフリカの黒魔術の講演を行うということで、裕福な老婦人マダム・フェイジのパーティーに参加したドクタ-・アルバート・クレインと、その友人オリヴァー・デイス。講演内容に怒ったマダム・フェイジは先に寝室へ向かったが、パーティーは続いた。雷で照明がちらつく中、寝室にいたマダム・フェイジがナイフで刺されて死んでいた。しかし部屋には誰も入っていなかった。「天からの一撃」。不可能犯罪ものだが、トリックは容易に想像つくだろう。作者が描きたかったのは、その顛末に違いない。なお、同じトリックを使ったカーの某長編より発表は早い。
 ブロンドの恐喝女、マリアン・モントローズは雪の積もった二十三段の石段を上り、丘の頂上の家に着いた。そこに住んでいるのは、心臓が弱っている男性一人。その後、警察が捜索に入るも、マリアンは姿を消していた。家の周りには2フィート(約60cm)の雪が積もっており、痕跡は何も残っていなかった。マリアンはどうやって姿を消したのか。「ガラスの橋」。「51番目の密室」と並ぶ作者の代表作。消失トリックが鮮やか。映像で見てみたい。
 実業家として成功したホリンズ夫妻は、カリフォルニアの断崖のそばの家に引っ越してきた。ミセス・ホリンズは人里離れて寂しすぎる風景にすぐに嫌気がさしてフィラデルフィアに戻ろうと話すも、ホリンズ氏にはある企みがあった。「住所変更」。オチが素晴らしい。
 引退した作家の公爵夫人(ザ・ダッチェス)と甥で俳優のジョナサン・デュークは、ダッチェスの作品の映画化ならびに俳優としてキャスティングされたため、特急二十世紀号に乗ってハリウッドに向かっていた。客車の特別室で、筆跡鑑定家のホレス・ハリスンが殺害され、動機やハリスンの最後の言葉、そして遺留品からペギー・アンドルーズが容疑者として挙がった。「消えた乗客」。消失トリックに主人公が挑む本格ミステリ。他作品と比べると、ちょっと弱いかな。
 モリス老人は非常な男だった。18歳の一人息子ハリーが殺された時も、何の感情も示さなかった。そしてハリーと同様、大金を持った者が次々殺されて金を奪われる事件が続いた。しかし郡の保安官も二人の保安官助手も犯人を捕まえられなかった。ある日、モリス老人の妻の所有していた土地が望外に高く売れ、老人は銀行へ金をもらいに行った。「非情な男」。西部の男を主人公にした短編。トリックと男の目的を融合させた手腕に拍手。
 銃砲鉄工会社社長ローフォード・ホームズは狩猟小屋の書斎で真夜中に撃たれて死んでいた。中にいた執事と庭師夫妻は相当な給料をもらっており動機はない。小屋と植林された土地を取り囲むワイヤーフェンスには電気が流れていて、切断されると警報が鳴るので、誰かが入ってくることは不可能である。自殺のように思われたが、オリヴァー・ペインズ警部補は庭に残されていたつま先だけの一つの足跡が気になっていた。動機のある甥のジョン・シャーク・ホームズは精神を病み、自分のことをシャーロック・ホームズと思い込んでいた。「一つの足跡の冒険」。ホームズパスティーシュの変形作品。アイディアが面白いが、これでトリックがもう少し鮮やかであったなら、傑作と呼んでいただろう。ペインズ警部補は、「ガラスの橋」に引き続いての登場。
 私立探偵ポーターフィールド・アダムズは息子のアンディーとともに、ニューイングランド南部の田舎にある幽霊が出そうな古城に向かった。百万長者の切手蒐集家ナイジェル・メイフェアは、金庫室の六文字の組み合わせ錠を開け、希少な切手を盗んだ犯人を捕まえてほしいと依頼する。犯人は古城に住む者の可能性が高い。アダムズたちが泊ったその日の夜、ナイジェルが撃たれ重傷を負った。「三匹の(めしい)ネズミの謎」。ジュヴナイルもの。冒険譚とダイイングメッセージの謎解きがミックスされた佳作。

 本書は作者が年少の読者を対象に出版した自選短編集。そのせいか、どうやってアイディアを出して物語を書いたかというあとがき代わりの作者の言葉が巻末に載っている。とはいえジュブナイルは「三匹の盲ネズミの謎」だけであり、残りは一般読者向けに発表されたものである。
 ロバート・アーサーといえば「51番目の密室」のイメージが強いのだが、本短編集はバラエティに富んだ内容となっており、読んでいて楽しい。「マニング氏の金の木」「極悪と老嬢」「ガラスの橋」「住所変更」「非情な男」「一つの足跡の冒険」は年間短編傑作選が編まれていたら選ばれていてもおかしくない、うなる出来である。
 こんなに巧い作家だとは知らなかった。約200編の短編を執筆したとのことだが、ミステリ短編集は本書だけ。非常に勿体ないな。日本独自でも、新たな短編集を編んでもらえないだろうか。ホント、傑作揃いでした。