平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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佐野洋『七色の密室』(文春文庫)

七色の密室 (文春文庫)

七色の密室 (文春文庫)

  • 作者:佐野 洋
  • 発売日: 1980/05/01
  • メディア: 文庫
 

  鍵の掛ったホテルの一室で、男が殺されていた。謎を追う刑事は、奇妙な話を聞く。以前ある女優が同じ部屋に泊った時、朝になるとどこからか、猫が一匹入り込んでいたという……。青、紫、赤、緑、紺、黄、白の七色の密室で起きた不思議な事件と意外な結末――。推理小説の巨匠が趣向を凝らした傑作短篇連作。(粗筋紹介より引用)
 『週刊小説』(実業之日本社)1976年4月12,19合併号から12月27日号の間に発表。1977年5月、実業之日本社より単行本刊行。1980年5月、文春文庫化。

 

 曲野温泉のホテル青海館で、中央日報の地方部長が殺害された。評判の悪い部長で動機はあるが、カギは部屋の中にある密室だった。この部屋では四年前、有名女優が鍵をかけて寝ていたのに、翌朝猫が入ってきたと大騒ぎしたことがあった。「青の断章」。トリックは単純だが、それを成立させる物語の見せ方が面白い。
 新聞社に勤める田代靖子は、5年付き合っていた挿絵画家の山名孝夫を殺害し、部屋に鍵を残して密室にする。こうすれば鍵を持っている今の彼女が痴話喧嘩で彼を殺したと思うだろう。ところが山名の妹から、金を出してくれるパトロンに浮気がばれそうなのを隠すため、靖子の部屋へ遊び行っていたことにしてほしいというアリバイ工作を頼まれる。「紫の情熱」。これも既存の密室トリックを使っているが、倒叙ものにすることで読める短編に仕上がっている腕はさすが。
 昨夜南青山のマンションでホステスが殺害された。死体を発見したのは彼女のパトロンパトロンは浮気監視のためのカメラを入口にこっそり仕掛けていた。その日に出入りしていた人物は無関係。そして隣の部屋に住む評論家の早坂はホステスと関係があった。早坂は無実を説明するため、松原署の田部に事情を説明する。「赤の監視」。意外な形の密室だが、はっきり言えば警察側のミスだろう。こんな単純なことを調べない方がおかしい。そうすればトリックは簡単にわかったはずだ。
 ホステスの島内多美子は、マンションの自室でもぐりの麻雀屋をしている。客は以前彼女が勤めていた会社の社員とその紹介。その日、仕事が終わって帰ってきたが、部屋に鍵がかかっていて、隠し場所にもない。管理人に頼んで部屋を開けてもらおうと、麻雀をしていた四人がビールに入っていた青酸カリを飲まされて死亡していた。「緑の幻想」。これはトリックとして成立しない、なんて記事をどこかで見たことがあったような気もするが、どうなんだろう。佐野洋は基本的に実現不可能なトリックは使わない主義だし。ちょっとした手掛かりを基に事件が解決されていく流れは面白かった。タイトルはかなり強引だが。
 ある夫婦の離婚請求の裁判に証人として出廷した元刑事で私立探偵の私は、不貞を働いた妻側の弁護人から、ある事件について追及される。それは尾行していた男がある部屋に入って痴漢行為をしたというのだが、私が部屋を見張っていたのに男はいつの間にか消えていたのだ。「紺の反逆」。弁護士、ここまでやるか、と思わせる。消失トリックより、そちらの方が気になった。
 ラブホテルで週刊誌の記者が殺害された。ホテルの支配人兼守衛は元警察官だった。彼は、これは密室殺人事件ではないかと、かつての上司である係長に訴える。男が呼んだと思われる、一人で来た女性は一人もいなかったからだ。「黄の誘惑」。トリックというほどのトリックはなく、密室というのはかなり苦しい。これもちょっとした手掛かりの発見から事件の真相に近づいていく展開が楽しい。
 二日前、新米医師の所田が勤める病院の病室で患者が死亡し、発見したのが所田と看護婦の矢部則子だった。部屋に鍵がかかっていたため所田は自殺だと思っていたが、則子から、看護婦の津田久美子が患者から二百万円遺贈されることを聞かされる。そして久美子は、死亡推定時刻に夜の見回りをしていて、その時患者はいびきをかいて寝ていたと証言していた。「白の苦悩」。こちらもトリックは大したことはないが、隠された動機が物語に面白さを与えている。

 

 佐野洋といえば短編の名手。そして意外にも数多くのトリックを案出している。本作品集も、そんな彼の名人芸を楽しめる一冊とはなっている。逆に言うと職人芸過ぎて、作者の情熱というか思い入れが感じられず、読み終わったらはいおしまい、という印象も与えている。もちろん作者はそういうつもりで書いてきたのだろうから、何ら問題はないはずなのだが、退屈を紛らわせてちょっと満足してそれまで、という読後感になりやすい。これで密室トリックがもっと複雑なものだったら、もう少し与える印象は違っていたのかもしれない。作者の意図する方向ではないことを承知の上で言っている。
 単純なトリックでも物語がしっかりしていればミステリとして成立する。そんなことを教えてくれる一冊ではある。新人がこんな作品を書いたととしたら、つまらないと言われそうだが。