平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

鮎川哲也『鮎川哲也探偵小説選』(論創社 (論創ミステリ叢書106)

戦後推理小説文壇の巨匠、鮎川哲也の知られざる作品がよみがえる! 未完の遺稿「白樺荘事件」、ファン待望の単行本初収録。雪の山荘を舞台にした連続殺人事件に名探偵・星影龍三が挑む「白の恐怖」を半世紀に復刻し、アリバイトリックを扱った「青いネッカチーフ」、ロマンチシズムの色気が漂う「寒椿」、無邪気さの中に恐怖を描いた掌編「草が茂った頃に」など、単行本未収録作品を一挙集成。別名義で発表された十二作の絵物語も挿絵付きで収録。(作品紹介より引用)

2017年7月、刊行。



本格ミステリファンからは神のように扱われている鮎川哲也だが、私自身はそこまで好きにはなれない。そこまで凄いとも思わない。とはいえ、あの『白の恐怖』が復刻されるとなればさすがに読んでみようと思った。実物は見せてもらったことがあるものの、読んだことはない。

【第一部】は長編『白の恐怖』。鮎川哲也の長編で唯一文庫化されなかった作品。何故復刻されなかったのかというと、版元だった桃源社の編集者に「講談社のような大出版社には力作を渡すのに、うちが小さいから手を抜きましたね」と嫌味を言われて嫌になったということ。そんなことを言う編集者もどうかと思うし、もともと桃源社の「書下し推理小説全集」が300枚程度の短めの叢書だったというのも手抜きに見られた一つだろう。そういう意味では、不幸な出来事だった。

本作は、星影龍三が出てくるわずか3作の長編の一つ。本作も最後に登場し、あっという間に事件を解決していく。雪の山荘もので、しかも6人が殺されるというのだから、300枚では短すぎて、内容も駆け足になっている。もっと筆を費やして書くべき作品であったことには間違いない。編集者云々も言っていたが、作者本人も筆足らずだと思っていたことが、文庫化されなかった本当の原因ではないだろうか。

ちょっと飛ぶが、【第四部】は未刊長編『白樺荘事件』。東京創元社の「鮎川哲也と十三の謎」において書下ろし出版される予定だった作品で、結局未完のまま作者が亡くなってしまったという経緯がある。『白の恐怖』を書き直すという話は伝わっていたが、読んでみると『白の恐怖』の前段階の部分を大幅に書き足した時点で止まっている。しかも、「三番館シリーズ」に出てくる私立探偵の「わたし」や弁護士が登場するという話に変わっている。第一部で遺産相続人を訪問し、第二部でようやく白樺荘に全員が集まり事件が起きたところで筆は途絶えている。このあと、バーテンは出てくるのか。星影はどうなるのか。鮎川作品の集大成と言う気がしなくもないが、どうせだったら鬼貫警部も出してもらえると面白かっただろうに。完成品が読めなかったのは、日本のミステリ界にとって本当に悔やまれることである。

【第二部】夜の演出は、別名義で発表された探偵絵物語「最後の接吻」「退屈なエマ子」「アドバルーン殺人事件」「舞踏会の盗賊」「出獄第一歩」「処刑の広場」「激闘の島」「ヨットの野獣」「無人艇タラント号」「九時〇七分の恐怖」「湖泥のギャング」「エミの復讐」に、短編「寒椿」「黒い雌蕊」「草が茂った頃に」「殺し屋ジョオ」「青いネッカチーフ」「お年玉を探しましょう」を収録。

【第三部】海彦山彦では、探偵クイズ「海彦山彦」と掌編「遺書」「ガーゼのハンカチ」「殺し屋の悲劇」「酒場にて」を収録。

【第五部】は別名義で書かれたノンフィクションものの邦訳「地底の王国」「恐竜を追って」を収録。



『白の恐怖』『白樺荘事件』を除くと、別名義を含む掌編、短編であり、今まで鮎川個人の名前では収められなかったものばかりである。作者からしたらあまり表に出したくなかったのかもしれないが、ファンからしたらなんでも読んでみたいと思うのであり、嬉しい収録だろう。もっとも、ファンではなく思い入れもない読者からしたら、単なる暇つぶしにしか思えなかったものばかりであることも事実。まあ、論創ミステリ叢書自体がファン向けの作品集であり、そのことにとやかく言う必要はない。

ところで、『幻の探偵作家を尋ねて 完全版』って出るんですかね。これは楽しみにしたいところだが。