平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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Gスピリッツ編集部『国際プロレス外伝』(辰巳出版)

『実録・国際プロレス』、『東京12チャンネル時代の国際プロレス』に続く、国際プロレス盛衰録第三弾。『Gスピリッツ』に掲載された国際プロレス関連の記事を加筆・修正、再構成。
 マティ鈴木マイティ井上大剛鉄之助(過去にインタビューしながら収録されなかったもの。主に東京プロレス時代)、木村宏(ラッシャー木村次男)、田中元和(東京12チャンネル国際プロレスアワー』チーフディレクター)、ジプシー・ジョーミスター・ポーゴ新間寿(元新日本プロレス営業本部長)、アポロ菅原マッハ隼人高杉正彦へのインタビュー。鶴見五郎と大位山勝三、マイティ井上高杉正彦の対談。ビル・ロビンソンの追悼対談、鶴見五郎高杉正彦による阿修羅・原追悼対談。国際プロレス前の吉原功TBS時代グレート草津サンダー杉山ヤス・フジイミスター珍の評伝を収録。
 2023年6月刊行。

 1981年8月9日、北海道羅臼町でひっそりとその歴史を閉じた、悲劇の第3団体、国際プロレスの盛衰録第三弾となる。国際プロレスの旗揚げから崩壊、さらに新日本プロレスでのはぐれ国際軍団全日本プロレスでの国際血盟軍、そして剛竜馬高杉正彦アポロ菅原が結成したインディー団体の嚆矢、パイオニア戦志と、国際プロレスに連なる軍団、団体を知る上でも欠かせな一冊となっている。
 『実録・国際プロレス』はインタビュー中心であったため深く掘り下げられなかった吉原功グレート草津サンダー杉山ラッシャー木村ヤス・フジイミスター珍に関わる評伝、インタビューは貴重。ヤス・フジイのようにプロレス史の中に埋もれたまま忘れされれたレスラーを取り上げられるのは、ここぐらいだろう。

 マティ鈴木へのインタビューは是非ともプロレスファンに読んでほしい。日本プロレスにおける吉原功遠藤幸吉の確執、当時のアメリカプロレス、国際プロレスの始まり、そして助っ人として参戦した全日本プロレス初期の話題がてんこ盛りであり、さらにプロレスラーだった彼がなぜ実業家として超一流会社の顧問まで上り詰めることができたのか。日本プロレス史にはあまり出てこない鈴木の真骨頂がここにある。
 ラッシャー木村の次男である木村宏氏のインタビューも、プロレスファン必読。プライベートをほとんど明かさなかったラッシャー木村の素顔と本音がここにある。そしてプロレスラーの優しさも。
 それと前巻にはなかったアポロ菅原のインタビューは嬉しい。本人がけがでプロレスをリタイアし、消息が分からなかっただけだったのね。
 一冊を通してみると、プロレスマニアからプロレスラーになった第1号、高杉正彦の記憶力と資料が凄い。地獄耳でもある高杉の証言がなかったら、羅臼にいたるまでの流れと現場、さらに当時の国際プロレスの裏側を知ることはできなかったかもしれない。高杉、本を書いてくれないかね。もしくは連載インタビューとか。かつての日本プロレスからインディー団体にいたるまで、高杉のマニアックな視点で楽しめると思うのだが。同様に、マイティ井上の連載も読んでみたい。当時のヨーロッパプロレスの貴重な証言になると思うのだが。二人共飛び飛びで『Gスピリッツ』に載っているけれどさ。
 今までの“定説”とは異なる部分もインタビューで判明している。特に旧UWFマッハ隼人がメキシコ方面のレスラーのブッキングを行っていたというのは、マッハの経歴からも考えて当然と思われていたのだが、本人は否定している。ちなみにブッキングしたのは『ルチャ・リブレ』誌のオーナーのバレンテ・ぺレスで、UWFとつないだのはベースボール・マガジン社のメキシコ通信員だった横井清人氏とのことである。
 この本を読んでも、元凶がグレート草津だったとしか思えないぐらい、草津が嫌われていることがわかる。それと早々に離脱したストロング小林と剛龍馬も嫌われていることが。草津に嫌われて虐められて離脱した小林はまだしも、剛龍馬にいたっては本当にいい話が出てこない。ごくわずかな期間でも、プロレスバカとして小さなブームを巻き起こしたのが信じられないぐらいだ。まあ、プロレスが下手すぎ、動きが硬すぎであることが一因でもあるのだが。
 国際プロレス、昭和のプロレスが好きな人にはたまらない一冊。噛めばまだまだ甘みと苦みが出そうな国際プロレス、これからもぜひ追ってほしいものだ。
 国際プロレス出身者で、まだ現役なのは高杉正彦若松市政(将軍KYワカマツ)の二人。とはいえ、高杉は68際、若松は81歳で、年に1、2回リングに上がる程度である。日本プロレス出身者では、81歳のグレート小鹿、74歳で闘病中の百田光雄、69歳の藤波辰爾である。