平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

方丈貴恵『アミュレット・ホテル』(光文社)

 犯罪者の楽園、アミュレット・ホテル別館。殺し屋、詐欺師、窃盗グループ、どんな犯罪者でも会員となれば泊ることが可能。2つのルールさえ守れば、どんなサービスでも提供。偽造パスポートでも、グレネードランチャーでも、ルームサービスで申し込むことができる。守らなければならない2つのルールとは、「一、ホテルに損害を与えない」「二、ホテルの敷地内で傷害・殺人事件を起こさない」。もしルールを破ったら、ホテル探偵が必ず追い詰め、秘密裏に処理される。(粗筋紹介より一部引用)
 『ジャーロ』2020~2023年に随時掲載。加筆・修正のうえ、2023年7月、刊行。

 強請屋の佐々木が高層フロアである1101号室で絞殺された。しかし佐々木が泊まっていた部屋は0906号室。窓にはすべて鍵がかかり、扉のレバーは金属製のワゴンが置かれていて回らない密室状態だった。部屋の中には殴られて眠らされていたハウスキーパーの遠谷がいた。アリバイの無い容疑者3人を一室に集め、ホテル探偵の桐生が謎を解く。「Episode1 アミュレット・ホテル」。
 アミュレット・ホテル別館三階で行われていた、クライム・オブ・ザ・イヤーの授賞式。その真っ最中、壇上で選考委員の一人が毒殺された。殺害のチャンスがあったのは、亡き主人の代理として出席していた秘書だけ。桐生の過去と、ホテル探偵になるまでが描かれる。「Episode0 クライム・オブ・ザ・イヤーの殺人」。
 騙されて脅迫を受けた幼馴染の及川アリアを助けるために、窃盗グループの一員であるスリの瀬戸博貴は脅迫者の木庭有麻から目的のキーホルダーを奪おうと後をつけていた。ところが木庭は、路上で誘拐された。主犯は瀬戸が所属する窃盗グループの、さらに親グループの影の支配者である山吹。山吹からキーホルダーを奪おうとした瀬戸だったが、アミュレット・ホテルの別館で追い返されてしまった。「Episode2 一見さんおことわり」。
 ホテルの最大の出資者である、犯罪業界のトップクラス『ザ・セブン』の5名(2名は欠番)が、アミュレット・ホテルの15階にある開かずの区画にある会議室「タイタンの間」へ5年ぶりに集まっていた。議題は、アミュレット・ホテルの廃業について。武器密輸王である笠居の妻と娘が三か月前にホテルで殺されたことから、提案したものであった。その会議の休憩中、控室で笠居がナイフで殺害された。しかし全員が会場に入る際に、金属探知機でチェックを受けていた。ナイフを持ち込むことができたのは、左足が義肢であるオーナーの諸岡だけ。「Episode3 タイタンの殺人」。

 犯罪者専用のホテル、アミュレット・ホテル。殺人事件が起きたら、その場でホテル探偵が解決する連作短編集。一癖のある犯罪者だらけという登場人物、不可能状況下での犯罪もさることながら、ホテル探偵は必ずその場で事件を解決しなければならない、というスリリングな状況での推理が作品を盛り上げる仕掛けとなっている。
 こういう特殊設定を生み出したもの勝ちだな、と思わせる作品。ただ、せっかくの場所なのに殺人事件がよく発生するというのもどうかとは思ってしまう。普段接することのできない犯罪者が目の前にいるのだ。作中にある「そのルールとこの異常なホテルの存在そのものが……犯罪者の持つ底なしの犯行欲求を駆り立て、その犯行方法をより常軌を逸したものへエスカレートさせる原因となっている」という言葉が正しいと思う。
 いわば、楽園であるはずなのに、格好の殺人現場となっているのが、アミュレット・ホテルの現状なのだ。この矛盾した状態での殺人事件は今後も続くのか。「タイタンの殺人」にあるように、トップ連中まで出してしまって、今後どうするつもりなのか。そこは作者の腕次第だろう。
 本格ミステリとして読むと、動機や仕掛けなどは簡単に設定しやすいし、不可能犯罪を起こしても当然と思わせる雰囲気になっているので、ある意味ずるいとは思ってしまうものの、読者に受け入れられやすい内容になっている。長編でよくみられたややこしい設定も抑えられるし、読み易いことは確か。犯罪者ばかりなのに軽さが感じられるのは、マイナスポイントだろう。
 シリーズとして続くのだろうが、先行きは少々不安。まあ読んでみるつもりだが。