平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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柳川一『三人書房』(東京創元社 ミステリ・フロンティア)

 大正八年東京・本郷区駒込団子坂、平井太郎は弟二人とともに《三人書房》という古書店を開く。二年に満たない、わずかな期間で閉業を余儀なくされたが、店には松井須磨子の遺書らしい手紙をはじめ、奇妙な謎が次々と持ち込まれた──。同時代を生きた、宮沢賢治宮武外骨横山大観高村光太郎たちとの交流と不可解な事件の数々を、若き日の平井太郎江戸川乱歩の姿を通じて描く。第十八回ミステリーズ!新人賞受賞作「三人書房」を含む連作集。(粗筋紹介より引用)
 2021年、「三人書房」で第18回ミステリーズ!新人賞受賞。『紙魚の手帖』掲載作品に書き下ろしを加え、2023年7月、刊行。

 弟二人が買い取ってきた本の中には、松井須磨子が送ったものと思われる遺書が挟まっていた。須磨子の自殺は、島村抱月の後を追ったものではなかったのか。「三人書房」。
 写楽などの浮世絵が大量に発見され、鑑定の権威とされる神崎俊が真作に間違いないと言い切った。しかしそれらは、全て浮世絵贋作者清水修二郎が描いたものだった。交流があった宮沢賢治の手紙からヒントを得た乱歩が、事件の背景を解き明かす。「北の詩人からの手紙」。
 謎の娘師と呼ばれる土蔵破りの正体は、浅草オペラの花形、淡雪あやめなのか。「謎の娘史」。
 岡倉天心は、円泉寺の秘仏堂の調査で他と違い、詳細な記録を何も残さなかった。天心の死後から10年、万朝報の記者が、天心は虚偽を働いたという記事をでっちあげようとしていた。弟子の横山大観は激昂するも、友人の宮武外骨江戸川乱歩に調査を依頼する。「秘仏堂幻影」。
 高村光太郎が発表したブロンズ像の彫刻作品、〇〇の首と名付けられたものが次々と盗まれた。光太郎と交流のあった江戸川乱歩が謎解きに乗り出す。「光太郎の〈首〉」。

 作者は新人賞受賞時69歳。そして本作品発行時は71歳である。そのせいかどうかわからないが、ずいぶん枯れた作品集のイメージがある。
 江戸川乱歩平井太郎)が次弟の通(平井蒼太)、末弟の敏男とともに上京して団子坂で古書店「三人書房」を経営したのは1919年。わずか2年でその店を閉じることになるのだが、その古本屋に持ち込まれた事件を乱歩が解く、というのが短編「三人書房」。登場人物のキャラクターに頼っているところは多いものの、味わい深い佳作である。これは読む価値あり。
 「北の詩人からの手紙」は通の視点で、宮沢賢治宮武外骨が出てくる。「謎の娘師」は支那ソバ屋時代の乱歩の話で、敏雄視点。「秘仏堂幻影」はすでに乱歩が結婚して大阪に住んでおり、井上や梅など複数視点で、横山大観が出てくる。「光太郎の〈首〉」は乱歩放浪中の話で、光太郎視点。この四作が今一つだった。
 乱歩が謎解き役ではあるし、乱歩のエピソードや実作品などを絡めて物語を作っているのだが、その絡め方は無理矢理。連作短編集にあるべき作品ごとの連携は見られないし(せいぜい井上と梅の絡みぐらいだが、それもごくわずか)、しかも物語の雰囲気に統一感が取れていない。偉人たちの絡め方も強引すぎる。謎解きも乱歩の作品に絡めようとするものだから、物語からはかえって浮いた感がある。
 ただ連作をするのなら、全部三人書房で終わらせればよかったのだ。鳥羽造船所時代の同僚で、三人書房に居候していた井上勝喜が視点のままでよかったのだ。せっかく青山梅というヒロインを創作したのなら、そのまま使えばよかったのだ。なんて勿体ないことをしたのだろう。
 それと、世間に知られている乱歩像と大きくかけ離れていることにも違和感がある。残念ながら、その乖離を狭めるほどの筆力は見られなかった。
 表題作は面白いが、残りは今一つだった連作短編集。謎の部分はせいぜい「日常の謎」程度だろうと思っていたので元々期待はしていなかったが、乱歩の若いころを取り扱うという設定に期待していただけに、残念だった。