- 作者: 下村敦史
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2014/08/06
- メディア: 単行本
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2014年、第60回江戸川乱歩賞受賞作。応募時タイトル「無縁の常闇に嘘は香る」。2014年8月、単行本で刊行。
宣伝の「絶対評価でA」(有栖川有栖)、「たった一行のくだりでほとんどの謎や違和感は解消してしまう」(京極夏彦)、「多くの布石があり、それをすべて拾っている」(今野敏)などと書かれていると、気になって仕方がない。久しぶりに乱歩賞を手に取ってみた。ところが「受賞の言葉」で第52回から毎年応募し、53、54、57、58回で最終候補に残っているということを知り、一気にテンションが落ちた。最初の2,3年ならまだしも、5年以上も投稿を続けていれば、見知らぬ読者からの批評がない状況では作家能力が向上するとは考えにくい。手元に58回の選評があったので読んでみたが、取材力や文章は合格点でも作品構成が今一つという印象を受けた。
主人公は69歳の視覚障碍者。後天性の盲人ということもあって偏屈なところもあり、共感できる部分は少ない。1年半前から母と同居している中国残留孤児の兄が偽物ではないかと疑い出すのだが、その流れの単純過ぎることが気になった。帰国する「兄」は「弟」が盲人であることを知っているわけないだろうし、今頃になって母親を殺そうなんて考えるわけないだろうと思ってしまうと、もうダメ。設定に無理がありすぎるなあと思って読んでいると、後天性とはいえ目が見えない生活を27年もしている割に、視覚障碍者としての生き方がどうもぎこちない点が気になってくる。
しかし、首をひねりながら読んでいくうちに、いつの間にか物語の筋に引き込まれている自分に驚いた。今頃中国残留孤児を扱うのかと思っていたが、今でも苦しんでいるものが多くいる現状がうまく描かれているし、主人公が少しずつ核心に近づくうちに別の事件に巻き込まれている点も悪くない。点字による暗号や透析に苦しむ孫もうまくからめ、最後のサスペンスな展開も入れて盛りだくさんながらも破綻せずにまとめている腕もお見事。京極夏彦の言う最後でほとんどの謎が解決してしまう見せ方もなかなかのものである。前半では考えられなかった後味の良さも気に入った。
ここ2年、乱歩賞は読んでいないが、これだけの仕上がりなら乱歩賞に相応しいといっていいだろう。取材力と文章力に、構成力がうまくからみあがって一級の作品に仕上がった。おススメである。