平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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夕木春央『絞首商會』(講談社文庫)

 大正時代の東京。秘密結社「絞首商會」との関わりが囁かれる血液学研究の大家・村山博士が刺殺された。不可解な事件に捜査は難航。そんな時、遺族が解決を依頼したのは、以前村山邸に盗みに入った元泥棒だった。気鋭のミステリ作家が書いた分厚い世界と緻密なロジック。第60回メフィスト賞受賞のデビュー作。(粗筋紹介より引用)
 2019年、「絞首商会の後継人」で第60回メフィスト賞を受賞。同年9月、改題して講談社より単行本刊行。2023年1月、一部加筆・修正の上文庫化。

 『方舟』が面白かったことと、もうすぐ出る新作が本作、『サーカスから来た執達吏』と話が繋がっているということで、デビュー作を読んでみた。メフィスト賞受賞なので、いつかは読むつもりだったし。
 舞台は1920年の東京。第一次世界大戦が前年に終わったばかりの不安定な世の中。村山鼓堂博士が外で殺され、自宅の庭まで運ばれていた。内側が血まみれになっていた鞄に入っていた手紙から、村山博士が無政府主義者の国際的秘密結社「絞首商會」に関わっているらしいことを心配した遺族の水上淑子は、かつて村山邸に泥棒に入った蓮野に、事件の謎解きを依頼する。
 物語の最初は事件とそこに至るまでの背景が非常に丁寧に書かれており、逆に読みにくい。蓮野とその友人で絵描きの井口が2章で出てきてから物語は面白くなっていくのだが、硬い文章は変わらないので読みづらさは残っている。村山博士の知人である友人4人が容疑者なのだが、なぜか奇妙な動きを見せるので、事件の真相が見えにくくなっていく展開とその動機はうまいと思った。井口の妻・紗江子の姪・峯子が誘拐されるストーリーも挟むあたりはよく考えられている。その分、タイトルにもなっている「絞首商會」の存在が見えにくくなっているのは非常に残念であった。
 読み終わってみると印象が散漫なのは、何が軸なのかはっきりしないところが大きい。井口や紗江子、峯子が動く分、蓮野の動きが見えにくいせいもあるだろう。ただ、最大の原因は、やはり「絞首商會」の存在をうまく使えなかったところにあると思う。犯人を突き止めるまでの推理展開が面白かったので、非常に勿体なかったと思う。