平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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水谷準『薔薇仮面』(皆進社 《仮面・男爵・博士》叢書・第一巻)

 『週刊文化』の記者である相沢陽吉はミス・ホプキンスへのインタビューが終わりホテルから出て待たせていた車に乗ろうとすると、後から出てきた若い女性も一緒に乗ってきた。カヅミと名乗ったその女性は、家に黙って出てきたが見つかったところを自動車に飛び込んだものだった。陽吉はその夜、酒場でカヅミと話をすると、カヅミは三つの姓名を持っていると話し出した。陽吉がハリキリのハリーからバリーと呼ばれるようになったきっかけの話。「三つ姓名(なまえ)の女」。
 相沢陽吉は元華族で貿易商の紅小路邸で催される仮装舞踏会を取材しようと乗り込んだところ、道化服の格好で参加することになった。百姓娘の仮装をした小牧百合子という若いオペラ女優と踊り、彼女は紅小路を知らないのに招待状が贈られてきて、指示通り舞台の衣装でやってきたと話した。彼女はメフィストに注意するようにと招待状に指示されていたが、一時間後、そのメフィストが現れた。そのままメフィストと百合子は姿が見えなくなり、陽吉も途中で帰ったが、次の日、陽吉は仮面舞踏会が終わった直後に紅小路夫人の「さそり座」という異名がある真珠の首飾りが盗まれたことを知った。「さそり座事件」。
 銀座の酒場「ベルベット」に、顔も両手も包帯をしている不気味な男がやってきた。マダムのカオルに五年ぶりに会いに来たという男は村瀬源三郎と名乗った。源三郎は空襲で逃げ遅れて梁の下敷きになった時、妻のカオルは宝石の入った手提鞄を奪い、源三郎を見捨てて逃げてしまった。当時カオルは全身黒焦げの男の死体があったので、それを源三郎と勘違いして埋葬していたのだった。明日宝石を返してもらうという源三郎に宝石を渡したくないカオルは、若い燕の志村欣一に何も渡したくないと相談する。文化タイムスの記者、相沢陽吉が事件の真相に迫る。「墓場からの使者」。
 牧山丈二は新橋のキャバレーのルーレットで負けてすっからかんになった。そんな丈二に、貿易商のひとり娘である朝倉民枝は金を貸した。条件は、婚約者であるダンサーの岸アケミと手を切ること。一時間後、やはり負けた丈二は、運転手の谷口が待っている民枝のクライスラーに乗り、途中の公衆電話からアケミに別れを告げた。次の日の朝、怒り心頭のアケミは民枝の家を訪れた。仕方なく民枝は女中の竹やに居間へ通させたが、三十分経っても民枝は居間へやってこない。竹やとアケミは寝室に向かうと、民枝は絹靴下で首を絞められて殺されたいた。文化新聞の記者、相沢陽吉が謎を解く。「赤と黒の狂想曲」。
 『週刊文化』の編集者である相沢陽吉は、日比谷公園の噴水前で声を掛けてきた女性が、テニス倶楽部の仲間である綾子であったことを知り驚く。兄、吉岡幹也に来ていたのが脅迫状らしきものだったので心配になった新妻の文枝に頼まれた綾子が、待ち合わせ場所を見張っていたのだった。それらしい男は来たが、幹也は姿を現さなかった。男の後を付けた二人だったが、木賃宿に入ったところを陽吉が探りに行くと殴られて気を失った。さらに後から入った綾子は、薔薇色の覆面をした男にでしゃばるなと脅された。吉岡邸に帰った二人が後から帰ってきた幹也に聞いたところ、ピアニストである文枝に執心していた画家の土屋絃一郎ではないかと話す。二日後の吉岡邸でのカクテルパーティーには、招待された二十人ばかりの客の中に陽吉もいた。ベランダのスクリーンで、ゴルフを撮った映画を見ていたところ、幹也が担当で背中を刺されて倒れていた。そしてバラ色のマスクをした怪しい者が文枝を横抱きにし、去っていった。『薔薇仮面』。
 2022年1月、刊行。

 

 秋田の皆進社から出版された《仮面・男爵・博士》叢書・第一巻。《仮面・男爵・博士》叢書とは、通俗探偵小説における悪の象徴の中でも「仮面・男爵・博士」と呼ばれる人物にスポットライトを当ててみたとのこと。「「推理小説」の時代が到来する前夜に発表された作品を中心に、日本ミステリ史の上で振り返られることなく忘れ去られた通俗探偵小説の中から、楽しんでいただける作品を精選した」とのことなので、楽しみだ。皆進社は「狩久全集全6巻+四季桂子全集全1巻」を出したことで知られるが、さすがにあの金額では手が出ない。今回は手を出せる金額だったので購入してみた。
 水谷準が昭和二十年代に執筆した短編4本と、昭和30~31年に執筆した長編『薔薇仮面』を収録。いずれも記者・相沢陽吉を探偵役としている。すべての作品が東方社から出版された単行本に収められている。
 まあ、言っちゃ悪いとは思うのだが、この胡散臭さと唐突な展開が通俗探偵小説だよなとは思ってしまう。問題なのは、相沢陽吉という人物の顔が全然浮かんでこないこと。通俗探偵小説なら、せめて主人公くらい読者の共感を得るような書き方をしてほしかった。どこまでシリーズ探偵化しようと思っていたのか、よくわからない。
 長編『薔薇仮面』が目玉なのだが、ただ薔薇色のマスクをしているだけで、それ以後、特にこのマスクに触れることもない。わざわざ表題にしなくてもよかったのにと思ってしまう。それに兄嫁が誘拐されて行方不明、兄は意識不明の重体なのに、綾子がずいぶん能天気な娘しか見えない。あんな楽し気に、そして他人事かのような事件への関わり方に首をひねってしまう。
 などとまあ、色々言いたいことはあるのだが、それをも超越してしまうのが通俗探偵小説の懐の広さ、というよりいい加減さであろう。その時面白ければ、前後の辻褄なんか大して考えなくてもそれでいい。急転直下の解決があったっていい。推理の筋道が立っていなくてもいい。本になってまとめて読むと突っ込みどころ満載だが、雑誌に掲載されてるときは、面白く読める(かどうかは読者次第だが)。
 なんか、水谷準のイメージ、変わったな。まあ、一、二冊ぐらいしか読んでいないから、大したイメージを持っていたわけじゃないけれど。
 皆進社のサイト(https://kaishinsha.stores.jp/)で購入可能。第二巻、第三巻に何が来るかわからないが、楽しみにしたい。